やはりこういう場面は何度経験しても慣れないものだ。
ここにいる全員が愛想笑いを浮かべてにこやかに話しながら、腹の底では目の前の相手をどう利用しようかと考えている。
互いに懸命になって神経を研ぎ澄ませ、腹の探り合いをしている。
どんなに純粋そうで良い人に見える人間も、考えていることはいつだって自分の利得だけだ。
とりあえずシャンパングラス片手に、できる限り目立たないように気配を消す。
なるべく誰とも話したくなくて、隅の方へ佇み、こっそりとスマートフォンを開いた。
あ……萌さんからメッセージ!
何故か自然と頬が緩み、先程まで体中から放たれていた緊張感が一気に吹き飛んでしまった。
" とても楽しいです "
というメッセージと共に添付されている写真は、たくさんの花を背景にボーっとしているチコだった。
「…おぉ……かわ」
つい声に出してしまい、急いで口を噤んだ。
「はぁ……」
早く帰りたいなぁ。
家に待っていてくれる妻と愛犬がいるなんて、ちょっと贅沢しすぎている気がするなぁと今更思えてきた。
「相変わらずため息が多いのね」
「っ!希美さん……いらしてたんですか」
兄の奥さんだ。
この人は僕が唯一、嫌な印象を受けない、サバサバとしていて人間味のある、どことなく信頼に足る人物だ。……と思っている。
よくこんな良い人があんな兄の嫁に来たなぁと今でも思っているのだが、まぁ家同士の政略結婚的な部分が大きいので、どちらかというとこの人は被害者だろう。
「当たり前じゃないの。子供がいるわけじゃないし、来ない言い訳がないもの」
やはりこの人も、こういった場所に望んで来たいと願う人間ではないのだ。
しかし彼女は頭が切れる上にコミュニケーションが非常に上手なので、どんな人ともうまいこと打ち解けてしまい、懐に入り込むという特技があるように思う。
だから、裏表がないように見えても決して侮れない人物だ。
「ねぇそういえば聞いたわよ?婚約したんですってね、おめでとう」
「あぁ、ありがとうございます」
そして情報通。
父にしか言っていないこの話まで既に知っているとは……おそらく兄か……?
「あなたが選んだ人なのだから、さぞ素敵な女性なのでしょうね。けれど……」
頭の良さが隠しきれない、品のある切れ長の目が、何かを探るように細まる。
その視線は、たまにこちらをぞくりとさせるから少し苦手だ。
「あの子が黙ってないんじゃないかしら?そこに関して当然、きちんと手は打ってあるのよね?」
「……それってもしや、神宮寺カンパニーの娘のことですか?それとも長谷川銀行の?」
「違うわ、黒宮コーポレーションのご令嬢よ。あなたそこかしこからモテモテだから分からなくなってるのね。」
呆れたような顔をされたのも一瞬で、すぐに険しい顔になった。
「あの手の娘は厄介よ。めんどくさいいざこざが起きる前に動いておくことね」
「しかしあの娘にはきちんと以前断りを入れ、正式に承諾いただきましたよ?」
「甘いのよね。相変わらず昇くんは。女の執着って半端じゃないのよ」
この人にそんなことを言われると、冷や汗が流れる。