「一応、昇には幸せになってほしいとは思っていますよ。アイツは昔から……自分が幸せになることを諦めているところがあるので。」
「………。」
幸せになることを諦めている……か。
やっぱり私とは正反対だ。
だって私は何があっても、自分が幸せになることは諦めないから。
人生という名の脚本の主役は、いつだって自分なのだから。
「まぁ……私もですけど。」
と、聞こえるか聞こえないかくらいの声で村田さんが呟いた。
ミラーに写る彼の表情は、いつも通りの涼しく冷たい感じで変わっていないように見える。
突っ込んでいいのか迷ったが、聞こえてしまったからには突っ込まずにはいられない。
「村田さんも、幸せになることを諦めてるんですか?」
「あ……まぁ…。ていうか、なんでしょう。私は自分の幸せには無頓着なんですよ。欲望があまりないんです。だから諦めているというよりも、現状維持で満足してます。欲望を持つと、人って必ず波風に晒されることになりますから。めんどくさいんです、単純に。」
なるほどそれは……
確かにある意味で、幸せになることを諦めていると言えるかもしれない。
なぜなら、村田さんや昇さんみたいにいつも冷静沈着で完全無欠のような人でも、必ず己の欲望というものはあるはずだからだ。
どんな人でも必ず、それは一つや二つではないことを知っている。けれど大半の人が、現状維持を望み、欲望に貪欲に生きる。なぜなら、ちょっとした変化を恐るからだ。
空気を読むことよりも、時に好奇心が勝ってしまうことがあるのが私だ。
「……村田さんの欲望ってなんですか?」
数秒の沈黙の後、村田さんは少し見開いていた目を細めてこう言った。
「たとえば……誰かを自分のものにしたいとか……そういった、不可能なもの…ですかね。」
そのセリフには、どう感情を持っていいか分からず、会話が途切れた。