莉奈ちゃんは呆然としたように村田さんを見つめている。
「っ、真くんはどこです?あなたがいるということは彼がいないわけがないですよねっ?」
どこか焦ったような、居心地の悪そうな表情。
村田さんは頼れる人を探すようにキョロキョロと視線を走らせ始めた。
「ね……庵さんそれ、本当?ねぇ……」
「り、莉奈ちゃん?」
私が彼女に声をかけたのと同時に、
「ねえ庵さんっ!莉奈の質問に答えられないわけ?!」
彼女のものとは思えないほど大きな声が響いた。声のトーンも低くなり、目つきも鋭くなっている。
けれどそれは、怒っているというよりもなぜか、泣いているように見えた。
なにがどうなっているのかわからなくて、私はただ何も考えられなくなっていた。
「お待たせしましたーっ!結構並んでて……って……え!?どうして村田さんがここに?!あっ、昇様と来られているんですか?ついにワンチャン飼い始めました?!」
「………。」
私たち3人の異様な空気に気がついたのか、真一さんの睫毛の長い目がぱちぱちと瞬かれる。
「えっと……あぁ、ぬるくなる前に薔薇フラペチーノどうぞ、萌さん。」
「あ……りがとうございます…」
可愛くて美しいピンク色のフラペチーノ。
ホイップクリームまでピンク色だ。
これを莉奈ちゃんが持ったら、さぞ似合うだろうなぁ、と、なぜかそんなことを考えてしまった。
「それからハイ!村田さんには僕の分あげますね」
「いえ、結構です…」
「えっ!こんなに美味しいものが要らないんすか?!期間限定なのに?それにこれ、お嬢のリクエストで開発したものなんすよ?センスあるでしょう」
なるほど、ここは……この子の家系が経営しているのか……。
だから加賀見とも繋がりがある……?
「はい、お嬢も。これ飲みながらそろそろ帰りましょ」
真一さんはやはりただならぬ莉奈ちゃんの空気を察したのか、気を使うようにそう言いながらフラペチーノを差し出した。
「要らないっ!!」
バシャッー……!
莉奈ちゃんが大きく振り払った手によって、思いきり零れたフラペチーノ。
綺麗なピンク色が足元に広がっていく。
彼女のワンピースと背景の薔薇とそっくりの色。その空間だけがピンクばかりに染っていた。
「じゃあお嬢、何飲みたいです?あ、ケーキ食べに行きましょうか。ほらあっちのカフェで先月の会議で採用された薔薇モンブラン出ましたよ!お嬢楽しみにしてたじゃないですか?ねー?ささ、行きましょう」
私と村田さんが驚いた顔をしている中で、さすが彼女を扱い慣れている真一さんだ。
全くもって平然としていて、顔色ひとつ変えずに彼女の肩を抱いた。
「……真くん、私たちがおいとましますから。どうぞごゆっくり。」
「私たち……?……え?」
「行きましょう、萌さん。」
村田さんと私がセットだとようやく知った真一さんは、当然意味がわからないというふうに目を見開いていた。
「えっと……あ、莉奈ちゃ…っ…」
ハッとして言葉に詰まった。
あ、そっか……。莉奈ちゃんが好きな人っていうのは、昇さんのことなのか。
だから突然婚約したと知って……
私はどういう顔してなんて声を出していいのか全く分からなくなり、とりあえず急いでチコを抱き上げようとしたが、それは村田さんがやってくれた。
だから私はただ可愛らしいフラペチーノを持って村田さんについて行くしかなかった。
" ワンチャンフレンドになりましょう!"
せっかく友達に……なれたと思ったのにな。
振り返ることができなかった。
彼女のような主人公を描いた脚本を過去に出したことがあった。
当時の私はとても感情移入して、涙が出た。
幼い頃からずっと想い続けていた彼が突然ある日、何の前触れもなく、自分じゃない別の誰かのものになっていたなんて……
その誰かである私が、どんな顔してなんて言えばいいかなんて分かるはずない。
そこに感情を持って行ったことがなかったから。
けれどチコは、前を行く村田さんの腕の中でティアラに振り返っていた。
なんだかそれが、どこか切なそうな顔に見えた。