ドッグランってこんなに楽しい場所だったんだなあ……
今まで知らなかったとか、損してたかもなぁなんて考えたりした。
これも全部、昇さんの存在がなかったら訪れなかった未来だ。
「なんか不思議だね…チコ」
ついこの間までの自分からは想像もつかなかったことばかりが一気に自分の身に起きている。けれどもしかしたら、誰かと付き合うって、こういうことの繰り返しなのかもしれない。
そこに愛があるかないかは別として、人との関係を深く築いていくということは、未知の経験の連続を受け入れるということなのかもしれない。
ビシャー!!
「?!」
突然、自分の服に水が飛んできた。
じわじわと湿っていくブラウスは、先日昇さんが買ってくれたブランド物だ。
「あぁっ!ヤダごめんなさい〜っ!!」
顔を上げると、水鉄砲を持ってあたふたしている可愛らしい女性がこちらを見ていた。
脇にはこれまた可愛らしい小さなトイプードルを抱いている。
「もうほら、だから言ったではありませんか!ソレで遊ぶなら誰もいない場所にしましょうと!」
そして、女性の背後から駆けつけてきたのは、驚くほど美形なロングヘアの男性だった。
「本当に申し訳ありません!直ちにお着替えをご用意致しますので!」
「あ、いえ…お気になさらず。」
「こちらも弁償致しますので!大変失礼致しました!」
「大丈夫ですからっ」
一見すると女性かと思えてしまうほど美形なその男性は私にタオルを差し出してきた。
「自分のがありますので本当にだいじょ」
「あっ!そのお洋服って、Rucciの新作じゃない?!かわい〜っ!」
「はぁ…お嬢、そんなことを言っている場合では」
「見て見て!莉奈のティアラちゃんもね、このブランドのお洋服着てるのよ!ふふっ!可愛いでしょ〜」
よく見ると、彼女の持っているトイプードルの着ているピンクの服にもこのブランドのロゴが付いていて、キラキラのラメがゴージャス感を漂わせている。
そういえばこのテディベア色のトイプードルってものすごくお高くてお洒落なお金持ちが飼ってるイメージ……
「へえ!あっ、あなたもお洋服お揃いなんですか?可愛いですね」
この可愛らしい女性の来ているワンピースも、ピンクの似たようなものだ。
自分は絶対に真似できないかなりお嬢様チックな装いだが、背が低めで巻き髪の可愛らしい顔つきであるこの女性には本当によく似合っていると思った。
「そうなのそうなの!気が付いてくれた?!嬉しい〜っ!ねえ真ちゃん!聞いた?可愛いって言われちゃったァ〜!今日は良い日ね!」
「はぁ……その言葉が一番お嬢様を御機嫌にさせますもんね」
随分と明るい女性と、この中性的な美形男性の関係性がなんとなくわかってきた。
お嬢様と呼んでいるし、きっと想像通り、このどこかのご令嬢と、その世話係だろう。
「あっ、あなたのワンチャン!その子ね!……えっと、なんていうんだっけ」
お嬢様はチコの前にしゃがみこんだ。
「シーズーです」
「そうそうそれそれ!初めて近くで見た〜っ!シーズーって口臭いって聞くからぁ」
「お嬢!」
なるほど。この子は思ったことをそのまま口にする傾向にあるんだなぁ。
稀にいる。こういう典型的な素直すぎる子。
決して悪気はないし、ある意味純粋なんだろうなぁ。
でもチコはちょっとムッとしているように背を向けてしまい、男性のほうは私に何度もすみませんすみませんと謝ってくる。
なんだかこの空気が面白くて私はつい笑ってしまった。
「あ…とにかく私は着替えとか結構ですのでお気遣いなく。そろそろ別のエリアに行くので失礼します」
男性に申し訳なくなってしまって私はチコを抱いてその場を去ろうとした。
のだが……
「えーっ、ねえ一緒に遊ぼうよ!ワンチャンフレンドになりましょう?!せっかくの出会いだし!」
「ワンチャンフレンド……?」
犬友……的な意味合いだろうけど。
このお嬢様の無邪気で可愛らしい笑顔を見ていると、断れるはずがなかった。