「昇さん」
コーヒーを入れ、テーブルにセットする。
彼はいつも、砂糖もミルクも入れる。
てっきりブラックとばかり思っていた。
こんなところも、知らなかった彼の意外な一面だ。
「これからいろいろやっていきましょうね。一緒に。せっかく家族が増えたんですから。」
彼が買ってきた高級そうなコーヒーの良い香りが部屋に漂う。
「萌さん……」
昇さんの前にコーヒーを置き、離れていく私の手が掴まれた。
驚いて顔を上げ、目を見開いた。
まるで子供みたいな、そんな表情をするところも、彼の意外すぎる一面だ。
「ありがとうございます。初めてのことばかりで…これから楽しみです…」
すごく…
と、静かに響く声。
「昇さん……。私も全部初めてですよ。ていうか、結婚自体初めてなんだから、お互い全部初めてだらけに決まってるじゃないですか」
どうしてなのか分からない、うるさい心臓を誤魔化すように笑ってみせた。
隣で茶菓子のクッキーを盗ろうと跳ねているチコに視線を移した昇さんが、初めて笑った。
これが初めて、私が見た彼の笑顔だった。