初めはかなりの警戒心で近寄ってさえくれなかったチコも、何度も優しく愛情込めて接するにつれすぐに馴染んで心を許してくれたようだ。
それに、初めて美味しいものを知ったかのようにご飯やおやつへの食い付きが良い。
チコはまだ赤ちゃんの状態で捨てられていて、他の数匹のきょうだいは貰い手がいたらしいが、チコだけが残ってしまったと聞いた。
恐らく、少し独特な毛色のせいだろう。
茶と黒と白が混ざっていて、一見すると綺麗では無いのかもしれないが、私はとても気に入っている。
人間とは見た目でペットさえを選ぶのでどこまでも残酷だ。
「あ、そういえば、僕の知人が経営しているドッグランがあるんです。よかったら明日一緒に行きませんか?」
明日は日曜日だ。
不定期スケジュールらしい昇さんも明日はお休みだと言っていた。
2人きりで今度は何をしようか迷っていたのでちょうど良かったとホッとしながら承諾する。
そもそも子なし夫婦って、休日はどんなことをするんだろう?考えたこともなかった。
「親御さんに会いにいくのは、本当に来週でいいんですか?こちらはいつでもいいですけど…」
「えぇ。明日は実は、子会社の方の創立記念日なんです。だからいろいろと催しで慌ただしい日なので」
「えっ、それって昇さんも行かなきゃじゃないですか?」
「行きませんよ。苦手なんですあぁいうの」
チコを撫でながら平然とそう言う。
私は驚きを隠せなかった。
苦手だからという理由で簡単に休むような人物だとは思えない。
「でも本来なら行かなきゃマズイものなのでは……あっ、もしも私に気を使っているのならやめてくださいね!ドッグランくらい1人で行けますし家事もしますよ?」
「違いますよ。単純に、向こうも来てほしくないだろうと分かっているので」
「え?どういうことです?」
「叔父の会社なんですよ。あの人はどうも昔から僕に対して好戦的で、何かにつけて邪魔をしてくるんです。
まぁ権力や財力に目が眩んでいる人間の典型ですね。だからあまり会わないようにしてるんです。絡まれると厄介なので。」
サラリと涼しい顔してそう言い、昇さんはチコをひと撫でして顔を上げ、うっすら微笑んだ。
「だから僕も、行ってもいいですか?萌さんと、チコと。3人で……。そういうの、夢だったんです。」
その目は、先程のなんとも思っていないような涼しいものではなかった。
恥ずかしそうだけど、どこか切なげで少し辛そうな……
「……も、もちろん。」
ふ、と安心したように細まる瞳。
初めて会った時にも感じた、吸い込まれそうな不思議な魅力を纏っている。
「よかった…!楽しみですね」
そうだ。身内からそんな扱いを受けて、平気なわけはない。
幼い頃から人が信じられないとも言っていたことを思い出す。
自分ではなく、自分を通していつも周りは違うものを見ていたと。
だから自分は透明な気分だったのだ、と。