「じゃあ次は萌さんの番です」
私は気付かれないように深呼吸した。
何を話そうか考える余裕がなかったから、目を瞑って自分を落ち着かせる。
私も何かこう……当たり障りのないことを喋らなきゃな。
ポロッと余計なこと言ってしまいそう……
「私って……誰かを好きになることができないんですよね。信用できないとかじゃなくて、誰かと深い関係を築くことが怖いんです。」
他人との繋がりなんて、どうせいつかは途切れて終わる。
永遠なんてものはないと分かっていても、期待してしまうから。
離れられるのが怖い。置いていかれるのが怖い。
けれどそれよりも……
「その人がいなくなったあと、独りになる感覚が怖いんです。」
戻れなくなる気がするから。今までの自分に。
だったら初めから、独りでいた方が遥かに楽だ。
名前のつくような関係性を、他者と築きたくない。
父や姉のように、ある日突然置いていかれるのが怖い。
「その気持ちは、僕も分かります。でも僕の場合は逆に……独りでいる方が怖かったりする。心細いんです単純に。僕は自分に自信が無いので。」
私は目を見開いた。
この人が自信がないなんて意外すぎる。
なんでも1人でこなせて実家自体も太くて何でも持っていて…金銭的にも精神的にも余裕があるように見えるからだ。
「昇さんほどの人でも、自信が無いとかあるんですね。私みたいな人が言うならまだしも…」
「僕は昔から、1人じゃなにも出来ないんですよ。萌さんのほうが、全然強い人です。」
少し笑うように、呆れるような言い方で昇さんはそう言った。
「じゃあ昇さんのそばにはいつも、誰か味方がいたんですか?」
「……えぇ。そうですね。いつも村田だけは…僕といてくれましたね。」
「いつものドライバーの村田さん…?」
「まぁ僕のそばにいることなんて、本人は絶対に望んでいたことじゃないですけどね。」
「そうなんですか?」
「はい。」
あの村田さんとはどういう関係なんだろうか?
話せば話すほど、この人の謎が深まっていく。
「って……いつのまにか僕の話になっちゃってましたよ」
「あ、すみませんっ…!」
クスッと笑う声がして、私もつられて笑った。
ベッドの上でこうして誰かとお喋りするなんてどのくらいぶりだろうか。
そもそも私は、誰かの存在を隣に感じてぐっすり眠れるタチではない。
昇さんには申し訳ないから言わないでおくけど。
「まぁ、とにかく…多分私は傲慢なんですよ。自分の機嫌とるのに精一杯で、他人のことを気にしている余裕がない。傷つけられることを何より恐れているくせに、癒されたいなんて常に思ってる自己中な人間なんです。」
「萌さん…」
ビクッと神経が震えた。
なぜなら昇さんの手が、私に触れたからだ。
私が震えたのを感じたのか、昇さんの手が離れたのがわかった。
「す、すいません…びっくりして…」
「いえ……」
スっと。
今度は自然に、そうされることが当たり前のように、私の肌は反応しなかった。
昇さんの温かい手が、布団の中で私の手を優しく握った。
そして私も自然に、彼の手を握り返していた。
やっぱりそうするのが当たり前みたいに。
異性の手を握ったことが、ないわけじゃない。
だけど、いや…だからこそ……あまり好きではなかったはずのその行為が、こんなにも心地好く自然にできた自分に驚いた。
手から通じる他人の熱に、違和感も嫌悪感もないのだ。