同じ寝室、同じベッドで眠ろうと決めたのは昇さんだった。
だから今夜も同じベッドに横になる。
昇さんが眼鏡を置いて電気を暗くした途端に一気に緊張感が走り出す。
私たちのこの夫婦生活は、どのへんまで本格的にいくのだろうか。
プライベートにも、どこまで踏み込んでいいのか分からない。
そもそも……この人の目的すら未だよく分かっていないのだ。
ここまで至れり尽くせりだと逆に怪しくなってきてしまう。
いずれ私に何か物凄いことを頼んで来るんじゃないだろうか……
人は見返り無しに動くことはそうない生き物だ。
そう思ったら、突然怖くなってきてしまった。
「……昇さん、起きてますか?」
「はい。…どうしました?眠れませんか?」
意外にも、全く眠そうではない昇さんの声が隣から聞こえた。
「………何か話しませんか?私、寝つきが悪い方なんです」
私は真っ暗な天井を見つめたままそう言ってみた。
何か話してくれるかもしれないと。
「いいですよ。じゃあ…これから毎晩お互いに1つずつ、自分の話をするのはどうですか?」
「自分の話……?」
「はい、なんでもいいです。思い出話でもいいですし、その日あった出来事や自分の考え、悩みでも愚痴でも何でも。」
自分も話さなくてはならないのは予想外だが、彼のことを知る良い機会になる。
私はこの、まだほぼ名前しか知らない夫のことを、知りたいと思っているのだ。
「いいですね。じゃあまず、昇さんからお願いします」
昇さんは少し逡巡したように間をあけ、静かにゆっくりと話し出した。
「幼い頃から僕は…自分が透明になっている感覚なんです」
「……え?透明?」
「昔から…人を信用することができないんです」
その言葉に眉を顰める。
だってそれは、私も同じだ。よく分かる。
「子供の頃から、僕に寄ってくる優しい大人たちは全員、僕ではないものを見ていた。
うちの財産や地位などです。誰も僕のことは見ていない。僕を通して見ているものに気がついた時、自分は透明なのだと気付いたんです。」
隣から聞こえる声は、とても冷淡で、なんの感情もないように思えた。
「欲望で濁った目はすぐに分かるようになりました。そんな目で笑いかけられ、おだてられてばかりいると、人の本心が分からなくなる。誰のことも信用できなくなるんです。」
御曹司には御曹司なりの苦労が、苦痛が、傷が、闇が…あるのだと、胸がズキリと傷んだ。
「でも…それならどうして私と結婚を…?」
誰のことも信用できないのなら、会ったばかりのよく知りもしない私と結婚しようとしてしまうなんてリスクをわざわざ背負うだろうか。
「そういう環境で育ってきたからこそ分かるんですよ。萌さんの目は濁ってない。」
「っ、そ、そんなことないかもしれませんよ?私だってそんなに純粋じゃないし、いろいろあります…」
「いえ、綺麗ですよ。萌さんは昔から。」
彼は昔、私に会ったことがあると言っていたことを思い出す。いつか話すとも。
私はあれから何度も考えていたけれど、本気で全く思い出せないのだ。
気になるのは確かだが、なんとなく怖くて聞けない。