「の、昇さんっ」
こちらに向かって歩いてきて、昇さんは明石くんに視線を移した。
「あっ、こちら部下の明石くん。
明石くん、こちらが私の…だ、旦那さん…になる人…昇さん」
初めて旦那という言葉を口にした瞬間、カーっと顔が熱くなるのがわかった。
明石くんは、昇さんを凝視したまままるでお化けでも見たかのように固まってしまった。
背が高くスタイルの良い昇さんを見上げる形となっている。
「妻がいつもお世話になっております。」
「っっ!いえいえいえいえお世話になりっぱなしなのは僕の方でして!えっとえっと!はじめましてっ!」
我に返ったようにものすごく慌てて頭を下げる明石くんに、つい笑ってしまった。
「明石さん、わざわざ妻を送ってくださったのですか。ありがとうございました。」
そう言って頭を下げだす昇さんには驚いた。
なんて律儀なんだろうか…。
というか、家はすぐそこなんだけど、わざわざ外に出て来て待っていてくれた……?
「あ……いえ……」
明石くんも、まさかそんなふうに言われるとは思っていなかったのか、呆気に取られている様子だ。
「私も来たことですし、ここまでで大丈夫ですよ。うちはあのマンションですので」
と言って昇さんが指さすそこには、ここら辺ではダントツで大きくて高い高層マンションがある。
明石くんは仰天したようにそれを見上げた。
「えぇっ?!す…凄い……っあ!では僕はこれで……」
「はい。ありがとうございました。」
昇さんの手が、私の肩に回る。
「あっ明石くんありがとう!また明日会社でね!」
「はいっ……あの……」
「?」
「言い忘れてました…。御結婚、あ、御婚約……おめでとうございます」
「あ、ありがとう」
「ありがとうございます」
なぜか明石くんのその表情が、とても切なげに見えた。
休暇も取らないし退職もしないと言ったんだから、そんなに不安がることないのに…。
いつまで経っても親離れできない子みたいだなぁ、なんて、この時はただそう思っていた。