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第13話

翌朝……

朝が弱いと言った私を、昇さんは本当に起こしてきた。


そもそもお互い触れたりはせずとも同じベッドで眠るのはとても緊張してしまい、キングサイズのベッドの端につい逃げてしまっていた。

そんな私に彼は、

「萌さん、落ちますよ?」

と笑ったが、逆にその余裕そうな態度が不思議でならない。

同時に、緊張しているのは私だけなのかと少々ムカついてしまい、そのまま端で寝たつもりが、朝には真ん中できちんと寝ている自分に気がついた。


朝ごはんができていると言われて仰天した。

テーブルには見事な和食が並んでいたのだ。


「こ…っ、ここは旅館?!」


「ははっ、さては寝ぼけていますね」


「……。」


寝ぼけてないんですけど。


ていうか……

そもそも朝食用意するのも相手を起こすのも、妻である私の仕事なのでは?


なんて思ったのは一瞬で。

私は最大限に状況を利用して好きに生きると決めたのだから、朗らかに朝食を頂き、新しい洋服に身を包んで職場に向かった。


「本当に車出さなくていいんですか?」


と何度も心配されたが、さすがにわざわざ私の職場まで徒歩10分のマンションを選んでもらっておいて車で送迎なんてさせるほど鬼ではない。

というか、朝の10分くらいは歩かないと、このままじゃブクブク太る……


「大丈夫です。歩くの好きなので。帰りも歩きますからご心配なく」


「でも遅くなるようでしたら、必ず僕に連絡くださいね。夜道は危険です。村田か他の者に迎えに行かせますから」


そんな…お姫様じゃないんだから……とは思いつつも、「わかりました」とあえて余裕ぶってみたりする。


「あっ、僕が会議とかで手があかない時のために、一応村田の連絡先を教えておきますね」


昇さんは思いついたように私に連絡先を送信し始めた。それを見つめながらふと疑問が湧く。


「そういえば昇さんは運転とかしないんですか?私自身は結構運転好きなんですけどね」


実は私は休日、たまにレンタカーを借りてドライブをすることがあるほど運転好きだった。

都内にいると普段は専ら電車通勤だったため、運転の腕が鈍らないようにするためもあった。


「あぁ、僕は……実は免許はあるんですが、運転を止められているんです。なのでまぁ、あってないようなものですね」


「どういうことですか?お坊ちゃまだからとかそういうこと?」


「いえ…そうではないです。兄も妹もよく運転していますし。ただ僕は……」


♪トュルルルルー


昇さんのスマホが鳴る。


「あ……村田が来たようです。僕も出なくては。続きはまたいつかお話しますね」


彼は少しホッとしたような顔でそう言った。




「おはようございます」


2人でマンションを出ると、車の扉を開けて頭を下げる村田庵がいた。

私たちと年は同じくらいに見える彼は昇さんよりも高身長で、まるで何かの雑誌に出てきそうな容姿をしている。

道行く人が確実に振り返るような男前だ。


昇さんが彼に私の連絡先を教え、送迎の話をしだした。


「かしこまりました。萌さん、帰りはいつでもお呼びつけください。それ以外にも何かあれば必ず」


「えっ、あっ、はい…ありがとうございます」


「ではお勤め、お気をつけて行ってらっしゃいませ」

などと律儀に頭を下げられ、昇さんにも「また連絡します」と見送られた。


反対方向に遠ざかっていく車の音を聞きながら、私は振り返らずに歩いていく。

内心、心が落ち着かない。

誰かに見送られる朝なんて、大事にされることなんて、今までなかったから。




「はぁ〜」


ため息を吐いてスマホを見つめる昇に、村田はバックミラー越しにチラと視線を移す。


「……なんの溜め息だ?」


「あぁ、いや…彼女にどうにか不自然に思われないように生活するのは、思っていた以上に難しい気がして。彼女は頭がいいんだ」


「そりゃあそうだろうな。だがそれも承知の上で彼女に近付いたんだろう。迅速さよりも慎重さを重視して行動すべきと言いたいが…事が事だからそういうわけにもいかないな」


「うん。それに……予想外にも楽しいんだ。彼女といると……」


昇は、萌とのメッセージ画面を開き、" 今夜は何が食べたいですか " と送信する。

そんな朗らかな表情を浮かべている昇を、田村はバックミラーで複雑そうに認する。


「……目的を見失うなよ昇。俺はお前の惚気を聞きたいんじゃないからな。俺はただお前の…」


「分かってるよ、庵。ありがとう…

ずっと俺に着いてきてくれて。」


急がないとな……。

自分の命がかかっているんだから。


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