「……。本当に…不思議ですね。私なんかが昇さんみたいな…いろんな意味で身分の違う人と……」
ついいろいろと自信を失ってそう呟いてしまった。
「……はい?何を言ってるんです?」
本気で意味がわからないと言った顔をされ、逆に私の方が意味がわからなくなった。
「誰がどう考えてもそうですよ?そもそも私は……酔った勢いで冗談で結婚しようと言っただけなのに…」
「……まさか今更嫌だとか言いませんよね?」
「いっ、言いませんよ!ただ……釣り合いが取れるか不安なんです。私が……あなたと。」
「そんなことは心配いりませんし、萌さんは何も変える必要がありません」
「え……何も?」
「何もです。変わらないでいてください。あなたはあなたらしくいてください。」
そんなふうに言われたのは初めてなので言葉に詰まってしまった。
普通は、自分らしくいていいなんて言われたら、ただ嬉しいだろう。
でも……私はなぜか妙な気分に包まれた。
私らしくって……どんなふう?
考えたことすらなかったのだ。
最後のデザートと紅茶が運ばれてきてから、昇さんは私に左手を出すよう言った。
「っ!!」
私の指に嵌められた美しい指輪に目を見開く。
「ずっと外さず付けていてほしいので、装飾が控えめのものの方がいいかなと思いまして……。あと萌さんはあまり派手なのも好きそうでは無いので」
先程の高級店で購入したのだろう。
噴水のライトに照らされ、これでもかと言うほどキラキラと光る薬指。
いや……充分大きいダイヤだと思うけど……と言いたくなるくらいに、それは自分にとって、ずっしり重くて大きいものだった。
「萌さん」
固まったままの私の手を、彼はそっと持ち直した。
「あなたが僕の妻でいてくれる限り、あなたに苦労はさせませんから。だから……」
そう言って、ダイヤの指輪に重ねるように、今度はシンプルな無装飾の指輪を嵌めた。
「どうかそばに、いてくださいね」
そんな言葉……まるで本当に愛し合っているフィアンセが言うプロポーズ……
それに、婚約指輪と結婚指輪……両方用意してくれたんだ……
私の胸の奥に、じんわりと温かいものが染み込んでくる感覚がした。
「あの……っ、昇さんのは?私に嵌めさせてください」
昇さんは驚いた顔をしたけど、すぐに嬉しそうに目を細め、指輪と左手を出した。
初めて彼の手に触れる。
細くて長くて、骨ばっているけれど、綺麗で温かいと思った。
「よろしくお願いします……昇さん。」
初めて自分から、ようやく覚悟を決めた言葉が出た。
「萌さん……こちらこそ。」
思いもしなかった。
いつか自分が、自分の書いた脚本の通りのことが起こるなんて。
指輪のメーカーも、シチュエーションも、雰囲気も全部。
自分が思い描いて書いた脚本……心のどこかで隠してきた、自分の理想だった。