「あの……昇さん」
「あ、他にも何か買い足したいものが?すいませんなんか…萌さんの要望あまり聞かずに連れ回して」
「いえ、そうじゃなくて!こっ、こんなにいろいろお金をかけすぎるのは流石に…なんていうか…。そもそも私はわざわざ高級品じゃなくても満足だし、価値がわかるほどの人間じゃないから私なんかが身につけても意味ないというか…」
つい早口でそう言ってしまい、ふと顔を上げると、昇さんはフッと優しげに目を細めた。
その表情にまた鼓動が跳ねる。さっきから私はどうしちゃったんだろう……
「萌さんは、価値を身につける価値がありますよ」
「え……」
「高価なものほど価値があるとは言いませんが、世間一般でいう価値は高価なもの。であれば、それを身につける人間もそれ相応の価値がある人でなければ似合いません。」
何も言えなくなってただ目を丸くしていると、昇さんは私の髪にスっと手を滑らせた。
「価値ある人は、見る人が見ればすぐに分かります。例えばこういう髪の質も…人相も態度も…。価値がある人と無い人とでは、同じものを身につけていても雲泥の差なんです。」
「わ…私は……価値のある人間なんかじゃ…」
「僕が言うんだから自信持ってください。萌さんとの買い物はとても楽しいです。僕はあまり自分の買い物はしませんし。」
……?どうしてだろう。
私なんかよりこの人の方が絶対に価値ある人だと思うんだけど……。
「あの、じゃあ昇さん……今度は昇さんの買い物をしましょうよ。」
昇さんは一瞬目を丸くしたかと思えばすぐに細め、どこか嬉しそうに「はい」と言った。
さてこの人は……どこで何を買うのか……
どんなものが好みなのか……
好奇心が沸き上がる。
私はまだこの人のことをなんにも知らない。
入っていったのは、世界的に上位に君臨する高級有名ブランド店だった。
確かここはアクセサリーをメインに取り扱っている。
一般人なら誰もが雲の上の存在みたいな認知でいる憧れ以上のブランドだ。
「………。」
初めて入った……やっぱり私がたまに覗く安物のアクセサリーショップとはあまりに格が違すぎる……!
ホコリひとつないピカピカのガラスの向こうに並べられている数々のネックレスや指輪や時計たちを見ながら目を細めた。
数千万レベルの値札が書かれていて、とても自分には縁のないものだ。
もちろん自分も女として、こういったものに憧れがないわけではない。
自分が手がけた脚本にも、こういった超高価なアクセサリーを出したことがあった。
やはりいつの時代も、女性の憧れだからだ。
昇さんはメンズの時計でも見ているんだろうかと背後から覗くと、パッと振り向かれた。
「萌さん、どれがいいですか?」
「っえ?!いや、昇さんの買い物に来たんでしょう?私はもうさすがに…っ」
「2人で身につけるものですよ」
なんと彼は、指輪を見ていた。
もしかして……
「結婚指輪、まだ用意してなかったんです。萌さんの指のサイズが分からなかったのですみません」
いやいやいやいや、この人が謝ることではないし、まさかこんな最高級のブランド店で?!
これじゃあまるで本当に……かつて私が手がけた脚本の通りになってしまう……!
このブランドの指輪をプレゼントされることは、どの女性も憧れていること……。
恐る恐る前へ出て、ショーケースの中を覗く。
とても美しい指輪たちが綺麗に並べられていて目を輝かせる。
まさか異性とこういったものを選ぶ日が自分に来ようとは……
でも……
「っ!!」
その値段に驚愕していると、昇さんはなにやらスタッフとやり取りをし、いくつかの指輪を試着することになった。
「わ、私どれでもいいですから昇さんが選んでください……」
「そうですか、わかりました。では萌さんは奥で待っていてください」
え?奥?と疑問符を浮かべたのと同時に他のスタッフに「こちらです。」と案内され、なにやらVIPルーム的な店の奥へと案内され、ティーセットまで出されるというもてなしを受けてしまった。
そういえば常連客や高価な買い物をする客とかはこうして奥でVIP待遇を受けるなんて聞いたことがある気が……
目の前のそれはそれは上品な紅茶をひと口すすってみる。
「おいしい……」
でもこれが高級か否かと問われたら正直全く分からない。
茶菓子で出されたチョコレートに書かれたこの店のブランド名のロゴを見つめる。
「食べるの勿体な……」
なんて呟きつつも徐に口の中で溶かした。
なんだかあの出会いの日から、全てがトントン拍子に進み続けていて怖いくらいだ。
こういうのが、人生の節目というのだろうか……
けどこれが、どちらに転がっているのか分からないから……だから人生って怖いんだよな。
私は相変わらず臆病だ。
子供の頃の経験からか、どうにも未来を後ろ向きに考える癖がある。