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第9話

ということで私たちは今、昇さんの部下兼運転手だという村田庵さんの運転で買い物に来ていた。


都内の某有名デパートの中……

何から何までブランド物の店が入っている。

こういった場所で買い物なんてしたことがないが、あまりそれを悟られないように振る舞う。


「萌さん。まず何を見たいですか?」


「っ、あぁ、えっと……じゃあまずお洋服かなぁ」


「そうですね、そしたら三階へ行きましょう」


随分と慣れているなぁととりあえず着いていくと、某有名ブランドがズラッと並ぶ階に到着した。


「さて。どこから入りたいです?好きなブランドは?」


「えっ……と……」


ブランド品なんてほとんど買ったことがない。

そりゃあ名前くらいはある程度どれも知ってはいるが、昔入社時に自分へのお祝いとして某ブランドの財布を買ったくらいで、バッグでさえいつもノーブランド品だ。


言葉に詰まっていると、昇さんは朗らかな表情で言った。


「RucciやKannelなんてどうですか?萌さんに似合うものがありそうです」


「あっ、あぁはい。私も今そこを思いついていたところです」


わざと余裕そうに笑いながらその店に入っていく。

オシャレに疎い女だとは思われたくなくて、どことなく背筋を伸ばしてみたりする。


店内で、スーツをビシッと決めた上品な店員に早速声をかけられると、横からすかさず昇さんが言った。


「今日は妻に合うコーディネートを探しに来たんです」


妻……という聞きなれない言葉に思わずドキリとなる。それが自分のことだと瞬時に理解できなかった。


「でしたらこちらなんていかがでしょう?今期の新作でして、3種類のカラーバリエーションがございます。お靴やお鞄も、こちらに合わせた素敵なものが入荷されたばかりでして、イタリアのヴァレリア・ヴコティッチとのコラボレーションで……」


ペラペラと意味のわからないことを話され、次々とアイテムが用意されていく。

笑顔が引き攣らないように気をつけなくては。


「へぇ……なるほど。いいですね。萌さん是非試着してみましょう」


「っあー、そうですねー」


なぜ彼はこんなにノリノリなの?


試着室の中で着替えている間も、彼と店員がノリノリで何かを喋っているのが聞こえた。


私は試着室の中でこっそり値札をチェックした。


「っっ?!?!」


つい声が出そうになってしまい、急いで口に手を当てる。


は?!

なんでこんなたかがカーディガンで20万もするわけ?!

こっちのスカートは……じゅっ、15万?!

バッグは……50万?!靴……30万?!


やばい……目が回ってきた。

まさかここまでとは思わなかった。

試着とはいえ身につけるのさえ恐れ多くなってくる。そりゃあ素敵だなとは思わなくもないが、その値段の価値がどこにあるのか全く分からない。

こんなの誰が買うわけ?と真面目に考えてしまうほどだ。


「……お待たせしました……」


とりあえず着替え終わり、試着室を開けると、昇さんの目がパァと明るくなる。

思わず鼓動が跳ねた。

あんな目をする昇さんは初めて見たし、まるで自分が特別になったような気分に包まれた。


「すごくお似合いですよ、萌さん…」


「そ、そうですか?でもこれ……」


「ちょっとこちらも試着お願いします!」


「えぇっ」


何度かこんなことを繰り返し、あれもこれも似合うと褒められ私の体温が知らず知らずのうちに上がっていく。

だって私は褒められ慣れていないし、今までこんなふうに一緒に服選びを楽しんでくれた彼氏とかいなかったし……


いつの間にか私は、昇さんを楽しませるためだけに試着を繰り返していたかもしれない。


「萌さんはスタイルも良いから、何着ても本当に似合うんですね」


彼の妖艶な笑みに、店員まで顔を赤くしているのがわかる。


というか……本当に何着ても似合うのならばわざわざこんなに馬鹿みたいに値段の張るブランド物じゃなくても……

そう言おうとしたのだが、


「これら全て一式ください。あ、郵送でお願いします」


などと言ってたちまちカードを切ってしまった。

絶対に200万は超えているような……


「ちょ、ちょっと待ってくださいっ、こんなにいいんですか?」


「え?まだ一店舗目ですよ?次はあちらへ行きましょう」


昇さんは上機嫌気味にそう言って次の店、また次の店と入っていき、バッグなどの小物類やコスメ等をたくさん購入した。


一体いくら使ったのか…恐ろしくて聞けるわけないが、まず思ったのはこの人の金銭感覚だ。

絶対に私と合うわけがない。

本来、婚約してしまってから気付くようなことではないのだが、今後やっていけるかどうか心配になる。


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