「で…でも……あなたはどうなんですか?
あなたはなんの為に……私と……」
「立場上、独り身だと何かと不都合なのですよ。親にももちろん、散々急かされていますので」
「だとしてもっ…それは私じゃなくてもいいですよね?」
「いえ、本條萌さん。僕はあなたがいいんです。」
「……なぜ?そもそも……最初からどうして私の名前を知ってたんですか?」
「それは……」
初めて口ごもる目の前の男が、今更ながら初めて気味悪く思えた。
「本條さんは覚えてないかもしれませんが、昔僕たちは会ったことがあるんですよ」
「……えっ?」
そんなの記憶にない。
いつ?どこで?どんなふうに?
そう聞こうと口を開きかけた時、彼はフッと初めて笑った。
「それはまたいつか、おいおいお話しますね。」
「なっ……気になるじゃないですか」
「僕だって、あなたの本当の目的や本心が気になりますよ」
ドキッと鼓動が跳ねたのがわかった。
何か他にあるって、勘づかれている…?
加賀見さんは、優しげだけどどこか切なげな笑みを浮かべている。
私は目の前のシャンパンの泡を見つめた。
浮かんでは消え、浮かんでは消えを何度も繰り返すのに、一向に減らない小さな気泡……
思えば私の人生は、泡みたいだったかもしれない。
望むものは多いくせに、心のどこかでそれら全部を諦めているから消えていく。
それなのにまた同じものを繰り返し望む……そうやってのらりくらりと生きてきたんだと思う。
生きているだけで充分幸せだなんて自分に言い聞かせて……
「わかりました。」
でも、本当は全てに本気で生きたかった。
幸せを掴むためにちゃんと覚悟を持って生きたかった。
あの頃の事件の真相を知りたい。
私たち家族の全てを壊した何かがあるのなら、私の手で復讐してやりたい。
父も姉も見つけ出して、また母と私と4人で笑い合いたい。あの頃のように……。
「お互い合理的にいきましょう」
幸せを、自分の手で掴み取るんだ。
その為だったら何でもする。なんでも利用してやる。
「加賀見昇さん……」
私はグラスから目の前の男に視線を移した。
「あなたと結婚します。」
互いにグラスを持ち上げる。
カチン、と甘美な響きが鼓膜を揺すった。
それが私たちの……互いの幸せを掴むための壮絶なストーリーの幕開けになることを、この時はまだ知らなかった。