「本條さん、あなた…自分が何をされそうになっていたか、理解していませんね?」
「……は?いきなり説教?部屋に連れ込んでおいて?」
「当たり前です。私が助けなかったら今頃あなたは……まぁとにかく、呆れました。まさかあんなに凄い家系の娘であるあなたがこんなにだらしがないなんて……て、いや…家柄なんて関係ありませんね…そんなことを言ったらうちの面々だって…」
「……。一人で何の話してんの?
っ!う……おぇっ、と、トイレ……」
「だっ、大丈夫ですか?!こっち!」
トイレに連れられた私は、男に背をさすられながら盛大に吐き続けた。
その後も介抱され、落ち着いた頃にはようやく酔いが覚め、思考がはっきりしてきた。
「ちょちょちょっと!誰よアンタ!!田代さんはどこ?!」
「落ち着いてください。あの製薬会社の息子はあなたを利用して本條家の情報を抜き取り、あわよくばあなたのっ……あなたを弄ぼうとしていたような男ですよ」
「はぁ?!」
「このホテルは私が管轄している系列です。
先程のレストランに急いで口利きして、こうしてあなたを救うことができました。」
まだ頭が完全にクリアではないからだろうか?
言っていることがよく分からないが、私を助けてくれた……ということらしい。
「そ、そう…ですか。ありがとうございます。
他人なのにそこまでして……優しいんですね」
なんだか一気に恥ずかしくなってきてしまった。
よく覚えていないが、見苦しい姿を見られ、看病までさせてしまった。
「はぁ……私って、いくつになってもダメダメですね。仕事も恋愛も上手くいかないし、きっと一生結婚もできないんだろうなぁ。今回も母をガッカリさせちゃう」
自分に呆れてこの状況に笑いすら込み上げてきてしまった。
「結婚……したいんですか?」
「まぁ……そうですね、母親を安心させてあげるために……ですけど。
だからといって、誰でもいいわけじゃないんです。」
「というと?」
それはもちろん、お金を持ってて精神的に自立していて思い遣りがあって容姿も悪くなくて優しくて……
「私のことを……幸せにできる人ですよ……」
何故かその一言だけが無意識に口から出た。
ひと口水を飲んでからふと顔を上げると、切なげに眉を寄せてどこか心配そうにこちらを見ている男と目が合った。
今更気がついたが、よく見るととても整った顔立ちをしていてかなり男前だと気がついた。
とても上品なスーツを着ていて身なりもしっかりしている。
私を助けここまで介抱してくれた、申し分ない優しさもある。
「もうあなたでいいかも。結婚してよ私と。」
なんてね。
「いいですよ」
「………はい?」
「結婚しましょう。」
私はさすがに苦笑いした。
「冗談ですよね?」
「いいえ、本気です。あなたにとっても私にとっても絶対に最良の選択のはずだ。」
この人も婚活中なのだろうか?
私のように結婚しないといけない事情でもあるとか?
「私の名前は、加賀見昇です。」
あれ……加賀見?
なんだか聞いたことがあるような……?
いやそんなことよりも……
まだ名前も知らなかったくせに婚約してしまったということか?
「わ、私は……」
「本條萌さん、これからよろしくお願いします」
吸い込まれそうな色の瞳を持つ彼は、私の名前を知っていた。