次の日……
なんとか午後には完全に酔いを覚まし、夕方には小綺麗なワンピースに身を包んで化粧を施し、髪を結った。
鏡に映る自分を少しでも理想に近づけ、慣れないハイヒールを履いてお見合い場所のホテルへ向かった。
最上階のレストランで名前を言うと、すぐに席に案内された。
そこにいたのは、自分よりいくつか年下に見える、明るい印象の男性だった。
なぜこんなにモテそうな人がお見合いに??
疑問符しか浮かばないが、とりあえず食事が運ばれてくるまでお互いの自己紹介を済ませる。
田代さんというこの男性は、某有名薬品会社の息子らしかった。
「あの……なぜ田代さんのような明らかに引く手数多であろう方が、私なんかとお見合いを?」
「見た目です!」
「えっ」
「本條さんの見た目がドタイプなんです!」
ニコニコと明るくそう返され、目が点になってしまった。
まぁ悪い気はしないが、なんと返していいか迷ってしまった。
「ていうか、本條さんも僕の見た目に惹かれて今日来てくださったのではないんですか?お見合いって結局、写真の見た目が全てじゃないですか」
「あっ……えっとすみません実は……写真も情報も見てなくて……。母が勝手にコーディネートしたものでして……」
「えぇ?!」
正直にそう言うと、田代さんは明らかに驚いていたが、すぐにクスクスと笑った。
「本條さんて、面白いですね〜
じゃあ本当は、お見合い結婚なんか興味無いわけだ」
「っ、まぁ…結婚に興味がないわけじゃないですけど…積極的ではないですね」
「よかった!」
「はい?」
何が良かった…というのだろうか?
お見合いとは、結婚を前提にするものなのに。
「実は僕も、結婚には興味が無いんです。
そういったものに縛られる人生は果たして本当に良いものなのかどうか。」
まぁ、言っていることは分かる。
結婚している周りを見ていても、幸せというよりも大変そうにしか見えない。
「愛云々なんていうのも、結局は後付けでしょう?人間皆、己の欲望をより満たしてくれる相手といたいだけなんだ。」
私は目を見開いた。
まさに、人間の核心をついていると思ったからだ。
この人は若いわりに、どこか達観している。
「てことだから本條さん、今夜はただの飲み友達として付き合ってください」
「は、はぁ…私はいいですけどでも…親御さんは?」
「はは、大丈夫ですよ〜。こうしてお見合いはやってますよっていう事実さえあれば。
ただせっかくなら楽しみたいってだけです」
まぁ考えてみれば、そうか。
確かにこんな家柄の凄い所の息子が、私みたいな身分の女と本気のお見合いなんてするわけない。
この人は元々今日は遊びのつもりだったんだ。
けれどそれなら……
こちらにとっても都合が良い。
私はニッコリと笑みを浮かべて乾杯した。
思っていたよりも気が合い、かなりの量を飲んでいることに気が付かなかった。
「本條さん、大丈夫ですか?最上階の部屋取ってあるんで行きましょう?」
「んんー……はい……」
フラフラする身体を田代さんに支えられ、思考が回らないままレストランを出る。
部屋……このままこの人と一緒の部屋に泊まり朝を迎えることになるんだろうか?
なんてことまで頭が働かず、出てすぐそこのエレベーターに連れられるときだった。
「田代様っ!お待ちください!
オーナーが一瞬だけご挨拶をとっ」
ウエイトレスが慌てた様子で追いかけてきた。
「…はぁ?もう、そんなのいいのに。
ごめん本條さん、少しだけここで待ってて」
よく分からないまま頷き、フラリと壁に寄りかかった。
「うぅ……頭痛い……目眩する……
あれ……ん……薬あったような……」
バッグの中を、ぎこちない手つきでかき混ぜていると、スっと肩を引かれてそのままエレベーターに入れられた。
「はぁ……すみません、田代さん……実は昨夜もお酒を飲んでしまってたので……」
呂律の回らない言葉をなんとか紡ぐが、返事はない。
「ふふっ……呆れてますよねぇ…いい大人がこんなっ……ははっ」
「はい。大いに呆れてます。」
無機質な言葉が振ってきた。
「でも飲みましょうと言ってどんどんお酒薦めてきたのは田代さんじゃないですかっ。だいたいあなたはなんでそんな酔ってないんですかー、つまんない男ですねー」
「よく言われます」
私はなんだか面白くなってきてしまい、ふわふわした頭を懸命に働かせながら、多分よく分からないことをひたすら喋っていたと思う。
豪華で夜景の美しい部屋に到着し、私は笑いながら勢いよくベッドに飛び込んだ。
「無防備すぎますよ、本條萌さん。」
「んん……あなたが連れ込んだくせに何言っ…」
髪をかき上げながらベッドから状態を起こし、視界がぐらつく先にいる男に目を凝らした。
あれ……?
田代さんて、こんな人だったっけ?
眼鏡なんてかけてなかったと思ったけど……
あと背もこんなに高くなかった気が……
「あなた……誰?」
虚ろな目を擦りながらそう言うと、男はゆっくりとこちらに歩いてきた。
ベッドの下で私に視線を合わせるように膝をつき、真っ直ぐと私の目を見つめた。
その目はどこか吸い込まれそうな不思議な色。
刹那げな、儚い夢を宿しているように見えた。