「本條さん、お疲れ様です!」
「あ…明石くんお疲れ様」
彼は前回のチームにいた後輩で、仕事を教えていたら妙に懐かれてしまった。
「今回もおめでとうございます。本條さんはやっぱり神ですね…マジで憧れます」
「いや、何言って」
「どうせ今回の成功も、ほぼ本條さんの働きによるものでしょう?あんなに一緒に仕事したんだからわかりますよ。本條さんは格が違う。」
明石くんの真剣な発言に私は目を丸くした。
「皆どうして気づかないんですかねー。成果を上げるチームには必ず本條さんがいること」
眉を顰める彼に、フッと鼻で笑った。
「別に、いーよそんなの。
そこそこの給料、そこそこの暮らし…それができてれば私、文句ないもの。」
謙虚だなぁ…などと残念そうに言っていた明石くんがボヤけた脳裏に蘇る。
そう…。私は普通でいい。
生きているだけで、充分勝ち組なのよ。
ソファーから徐に起き上がり、バッグに入れていたペットボトルの水を飲む。
目の前の棚に置いてある写真がぼんやりと視界に入る。
子供の頃の私と姉と両親の写真だ。
私の家は元々、100年の歴史を持つ名門医の家系だった。
厳しくも何不自由なく育てられた記憶がある。
当然、私も医者の道を行くものだとばかり思っていた。
しかしそんな幸せは突然の悲劇で崩れ去る。
15年前、違法の疑いで取り押さえられ、何者かに家を燃やされ、全てを失った。
母は私を連れて逃げ、父とも姉とも離れ離れとなってしまい、それから母は女手一つで私を育ててくれた。
医者とは別の道を行くよう諭され、なんとなく夢を持った先が脚本家だった。
私は自由に夢を描きたかったから。
自分の描いた作品で、世の中の人に少しでも希望を感じてほしかった。
きっと私は両親のように、たくさんの人に良い影響を与えられる人になりたかったのだと思う。
けれど現実はそう上手くはいかない。
なぜならこの世は、蹴落とし合い、奪い合い、闘いの世界だからだ。
でも私はそれでいいと思っている。
目立たず、普通でいい。
そうじゃないときっといつかまた、どこかから攻撃されるから……。
出る杭は打たれる。これがこの世の摂理。
あんな悲劇はもう嫌だ。
〜♪
スマホが鳴り、表示を見ると母だった。
「……もしもし〜?こんな時間に何…」
「もしもし、萌?なんだかあなた、酔っ払ったような声してるわよ?」
「ん…今日は会社の打ち上げパーティだったの。二次会は断って、もう寝るところよ」
「もう…そんな調子で明日のお見合い大丈夫なの?」
もちろん忘れてない。だからなるべく早めに帰ってきたのだ。
母は数年前から私にしつこくお見合いをさせる。
けれど今まで、ろくな男に出会ったことがない。
「私はね、萌。あなたには良い人と早く幸せになってほしいのよ。私だっていつまで生きれるか分からない。いつか萌を一人残して逝くのは辛いの。」
それは昔から母の口癖だ。
病気がちだとか言っているけれど、きっと嫌がる私をどうしてもお見合いに行かせ、誰かしらとくっつけたいのだろう。
誰かと結婚すれば幸せとは限らないのに…。
「はぁ…明日は行くけど、もう最後にするからね?幸せなんて、人から与えられるものじゃなくて、自分で掴むものなんだから。じゃ、おやすみ。」
そう言って私は一方的に電話を切った。
私はもう今年29歳だ。それなりな年齢であることはわかってる。母が焦る気持ちも。
でも恋愛や結婚などというものにはどうも気が乗らない。
もちろん母を安心させたい気持ちは強い。
だからこそ私は、私よりも経済力も精神力もあるちゃんとした人を見つけたいと思っている。
たとえそこに愛なんかなくても……。
私は、いずれ父と姉を見つけることが目的だ。
母は聞いても教えてくれないし、なぜか捜すなと言う。
だから今までこっそり自分で探し続け、気がついたら10年も経ってしまった。
もちろん見つかっていない。
腕の良い探偵などを探して雇うのにも膨大なお金が必要だし、私は行き詰まっていた。
明日のお見合い相手はどんな人だろうか…
ただ経済力があるだけではなく、できた人間性と、できれば容姿と家柄と……
なんて……高望みしすぎだろうか?
けど、私は人に夢と希望を見せる仕事だ。
欲張りな理想を抱いて何が悪い。
私は額に手を当てて目を瞑った。
あとはそうだな……
強くて優しい人がいいな。
私の家族みたいに…。父や母や姉のように…
人から嫉妬され攻撃され陥れられても、負けずにしぶとく立ち上がり続けて…他者に対しての思いやりを大事にする。
そんな、強くて優しい人……
私はそのまま夢の中へ引きずり込まれて行った。