玄関で靴を脱ぎ捨てるこの瞬間が、私は結構好きだ。
今日一日を無事乗り切り、現実からようやく解放される瞬間だからだ。
少し酔いが回った足取りでリビングへ直行し、ソファーにドサリと身を沈めた。
「…どいつもこいつも……」
クッションに顔を埋めたまま、呂律の回らない舌でそう呟いた。
今日は私の勤めているメディアカンパニーの打ち上げだった。
厳密に言えば、私のチームの成功を祝う会だ。
「皆さんご存知の通り!
月9ドラマの "私の政略結婚" が無事最終回を終え、歴代最高の視聴率を叩きだしました!
そしてまた先方より、次の番外編映画化脚本製作も委託されました!」
おお〜っ!などといった皆の声が上がり、そこかしこから拍手が巻き起こる。
「では!月9チームリーダーの松永くんから一言!」
私のチームの上司である松永さんが、わざとらしい謙虚さを存分に醸し出しながらニコニコヘコヘコと壇上にあがり、なにやら喋り始めた。
「〜〜というわけで、これもひとえに、我がチームメンバーの一致団結があっての結果です!」
私を含むメンバーが周りから視線を集め拍手されはじめたことに気が付き、急いでグラスから口を離して作り笑いを浮かべた。
「では松永チームの今後の益々の活躍を期待して!カンパーイ!!」
「「カンパーイ」」
皆がシャンパングラスを持つ手が上がる。
私は気付かれないようため息を吐き、一気にグラスの残りを飲み干した。
そういえばまだ乾杯すらしてなかったのにほとんど飲んでしまっていたなぁと苦笑いしながらおかわりを貰いにビュッフェ台へ歩いていくと、同僚たちの声が聞こえた。
「松永さんって凄いよなぁ。プロットほとんど松永さんらしいよ!」
「山下さんとのタッグも最強なんだよきっと!去年の水10ドラマでもすっごい成績だったし!」
……いや、今回の月9も前回の水10も、ほとんど私が作った脚本なのだけど……。
そう思いながらまた喉に酒を流し込む。
酒は好きだ。思考や感情を曖昧に誤魔化すことが出来る。自分に対して。
しかし、こういった場所は全然好きじゃない。
人間の醜い本性ばかりが目立つからだ。
そもそも、人間というのはどんな人でも自分の利得しか頭にない。
これはもう、生まれた時から決まっている人類の本質だ。
こうやって皆朗らかな愛想を振り撒いてはいても、腹の底では常に奪い合いだ。
誰かの手柄をどうやって自分のものにするか、誰をどう利用しようかと腹の探り合いをし、世界の中心はいつでも自分だ。
生きるとは蹴落とし合い。
生きるとは、命を懸けて闘うことである。