同じように顔を出した夏生に、和佳はまたその瞳をぱちぱちとしばたたく。まるで幻でも見ているような反応だ。
和佳が状況を理解するよりも早く、さっさと夏生はベンチに座り、弁当の包みを一つ渡す。
「それ、先輩の分です」
「え、私の? えっとどういうこと……?」
今までになく困惑している姿に、出し抜けたようで気分が良かった。
「早く食べないと昼休み終わっちゃいますよ」
目を白黒させている和佳の横で、夏生はさっさと弁当を開けてしまう。それを見ていた和佳は同じように包みを開いて弁当の蓋を取る。
「わっ、オムライス……!」
今日は、一段弁当箱だ。中には黄色い卵に包まれたケチャップライスがぎゅっと詰め込まれている。
ちなみに、具材とご飯を混ぜ合わせて炒めたのは夏生である。早々に叩き起こされ、すでに刻まれた具材と白米が用意されていて、「これ混ぜて」と母に言われるままにした。
一緒に持ってきたケチャップもバッグから出して、一つを和佳に渡す。
一つ一つが小袋になっている使い切りタイプである。封を切って、卵の上に適当にまんべんなくかけた。
和佳がケチャップ片手にぼんやりしてることに気づき、夏生は「貸して」とケチャップの封を切ってからもう一度渡す。それでも戸惑ったようにきょろきょろとオムライスとケチャップを見てるので、「私がかけてもいい?」と訊けば、こくりと頷かれた。
(もしかして、オムライスにケチャップかけたことないのかな?)
飲食店で出てくるような、デミグラスソースとかがかかったオムライスしか知らない、なんてないよね? とちょっと不安になった。
一目でオムライスだと分かっていたことだし、大丈夫だろう。どうかケチャップの味オンリーという庶民のオムライスで満足して欲しい。
自分のものと同じように適当に波打つようにかけようかと思ったが、すんでのところである考えが思いつき、ひらがなで「のどか」と書いてみた。
量も限られているし、少し歪になってしまったがなんとか読める。
ゴミは持ってきていた袋にまとめ、そろっと横目に和佳の様子を見た。
すると、和佳は呆然としたように自分の名前が書かれたオムライスを見下ろしていた。瞬きもせず、じっと見ているものだからまずいことがあったかと不安になる。
しかし、濡れたように常に煌めく瞳が、普段よりもどこか潤んでいることに気づき、夏生はなんとも言えない気持ちになった。
(そんな顔しないでよ……)
この人がどれだけ狭い世界を生きているのか、その片鱗を見てしまった気がした。
「先輩、早く食べよう?」
「……もったいないわ」
わがままをいう子どもみたいに和佳は首を振る。夏生は笑いたくなった。
オムライス一つでここまで喜んで感激している和佳が、あまりにおかしくてくすくす笑いながら同時に泣きたいくらい切なくもなった。
(こんなことで、先輩は嬉しいんだね……)
この人は、どれだけ世界を知らないんだろう。お嬢様だから、夏生のような庶民さが新鮮なだけだろうか。いっそそうであって欲しい。
けれど、違うんだろうな、と夏生は思ってしまうのだ。
今も二人で外にいると、ときどき風が吹く。温かな陽差しに晒されている中では、むしろ心地よいくらいのものだが、そんな優しい風にも関わらず、和佳の体は花びらになっていくのだ。
ひらりひらりと、桃色の花弁が数枚、また新たにどこかに飛んでいった。
美しいこの人から花が生まれる瞬間は、ひどく幻想的だ。しかし、それによって和佳の命が削られているのかと思うと、痛々しくも見える。
夏生は痛みを耐えるように目を細めて花びらを見た。
一方、当の本人は決死の覚悟とばかりの硬い表情で、オムライスにスプーンを差し込んでいる。そうして、小さい口を動かして幸せそうに食べるのだ。
(気にもしてない……)
花が散ることは、和佳の中では、そんなに気にすることでもないのか。だからこそ、死ぬのだって怖くはないのかな? と夏生は自分もオムライスを頬張る。
この年で、なんの未練もなく死ぬことを受け入れているのはひどく淋しい。
けれど、悲観そうにされるよりは、今のような顔をしていてくれた方がずっと良いと思う。少なくとも、あんな張り付けの完璧な笑顔よりはずっと――。