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第6話

「すごい、これはおにぎり?」

 広げられた弁当箱に落ちる瞳は、濡れたようにきらきらと輝いていて、さっきまでの彼女とはやはり別人のようだ。

 唐揚げと卵焼き。そしてブロッコリーとツナのサラダ。一段目にはぎゅっとおかずが詰め込まれ、彩りを添えるように端にミニトマトがちょこんとのっていた。そして、二段目には、俵型のおにぎりが三つ、綺麗に並んでいる。

 そのうちの一つを取り出して、夏生は「はい」と差しだした。そろそろと彼女は躊躇いがちに手を伸ばし、両手で受け取った。

 夏生も自分用にもう一個手に取って、ぱくりと噛みつく。ごま塩のきいたおにぎりは適度に塩気を感じて美味しい。

 二口で食べ終え、もう一個に手を伸ばす頃、夏生が食べる姿をじっと見ていた先輩が真似るように口を開いた。しかし、口が小さいせいかほんの少し欠けただけだ。

 そんな少量をもぐもぐとゆっくり咀嚼し、彼女は丸い眼を更に開いてこくりと喉を鳴らす。

「……美味しい」

 としみじみ呟くものだから、夏生はおかしくなって笑った。大袈裟な人だな、と思う。

「普通のおにぎりですよ? 先輩のほうがきっと美味しいものたくさん食べてると思うけど」

「そうかしら? 私、こういうお弁当って食べたことなくて……なんだか宝石箱みたいね」

 そっと睫毛の影が頬に落ちる。そう言って薄く微笑む姿は、やっぱり絵画みたいに綺麗で、思わず夏生からため息が零れる。

(今の顔のほうが全然いいじゃん)

 確かにこの人の笑みはどんなものでも綺麗だけれど、昨日や今みたいに少女のように頬を赤くしてきらきらさせている方が、よっぽど人間らしくて綺麗だと思った。

「お箸一個しかないんですけど、そういうの気になります?」

「ん? いいえ」

 ふるふると左右に首を振る姿はあどけない子どものようだ。多分、夏生がなにを訊いてるのか理解していないと思う。

 まあいっか、と夏生はおかずの方の弁当箱と箸を渡す。素直に受け取ったものの、どうすればいいんだろう、と考えているのがありありと分かる困惑顔で夏生を見ていた。

「食べて下さいよ。せっかくだし。まだご飯食べてないんでしょう?」

「え、ええ……でもいいのかしら? これ、あなたのでしょう?」

 おにぎり食べておいて今さらだな、と夏生は思いつつ、「いいですよ」と促す。そろりと箸が動き、ブロッコリーを一つ遠慮がちに摘まんだ。

(唐揚げはメインだし、卵焼きは二個しかないからやめたのかな……)

 小さな口に消えていったブロッコリーを見送り、夏生はそんなことを思う。

「どうですか?」

 訊くと、もぐもぐと動く口を手で押さえ、再び小さく喉を鳴らしたあとにぽつりと言う。

「うん、おいしいわ」

「箸、貸してくれません?」

 持ち手を向けられ、箸を手に夏生もブロッコリーとツナを放り込む。口にポン酢のさっぱりした風味が広がった。

 夏生からすれば、いつもの味でなんら珍しくはない。でも、彼女からするとそうではないらしい。

(お弁当食べたことないってどういうことだろ……)

 代桜女にも学校行事は存在する。そして、校外学習やら遠足やらで外に出たとき、弁当を持参する機会なんていくらでもあっただろうに――。

 でも、こんな一般的な弁当を「宝石箱」なんて言うぐらいだから、嘘じゃないんだろう。それぐらい真新しかったと言うことだ。

「唐揚げも卵焼きも食べていいですよ」

 そう伝えれば、戸惑いつつもこちらを見る目が嬉しそうだ。

 ほらほら、と促されるまま、彼女は唐揚げを一つ食べた。すると、飲み込んだ途端に顔をふにゃりと柔らかくして

「ふふ、美味しい」

 と、思わず零れた微笑で言われたものだから、夏生まで嬉しくなってきてしまった。

「そう言えば、先輩って名前なんていうんですか?」

 今さらなことを訊ねると、彼女は卵焼きに目を奪われ気もそぞろに「片桐和佳かたぎりのどかよ」と告げる。

 卵焼きを綺麗に半分に切って口に運ぶ横顔に、「私は小川夏生です」と言った。美味しそうに頬張っているから、もしかして届いてないかもしれないと思ったが、食べ終えた和佳が、

「ありがとう、小川さん」

 と花がほころぶ笑みで礼を言うので、夏生は気恥ずかしくなって「別に大したことは……」なんて素っ気なく返したのだ。

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