夕暮れの橙の陽差しがカーテンの隙間から差し込んでいた。
明かりの点いていない部屋の中は、カーテンが閉められているせいでどこか薄暗い。差し込んだ温かな一筋の光りをぼんやり眺めながら、陽希ははっと熱い吐息を零した。
喉から漏れそうになった声を呑み込み、そうっと首を傾げて見下ろせば、はだけたシャツから現れた白い胸元にキスを落とす青島の姿が見えて、陽希は恥ずかしさやら充足感で瞳を潤ませた。
唇から頬に。頬から首筋、鎖骨へと下っていき、いつのまにかシャツのボタンは外されて陽希は上半身を晒していた。
陽希の体の至る所に、青島は啄むようなキスをする。
それは子どもやペットにするような可愛らしいものであったけれど、時々陽希が忘れた頃に胸の頂きに吸い付くので質が悪かった。
「あっ、ああ……!」
へその周囲に軽くキスをしていたと思えば、またぬるりとした熱で急に乳首を覆われ、そのままちゅうと柔く吸い付かれた。
ピクンと肩を震わせた陽希に、青島は嬉しそうに口の端をあげた。
「ひゃ、ああ……まっ、ダメえ……!」
すでに何度か刺激を与えられてヒクヒクと硬くなった乳首は、そのまま赤ん坊が乳を吸うように熱心に吸われ、もう片方を指の腹ですりすりと撫でられると、陽希の腰の辺りがピリピリと電気が走ったみたいに浮き上がる。
初めての刺激に陽希は頭を振れば、シーツに髪が触れてパサパサと衣擦れの音がした。
しばらく胸を弄っていた青島は、不意にベルトに手をかけるとスルリとスラックスを脱がせてしまう。
下着越しに兆しを見せた性器を撫でられ、他人に触れられるという強すぎる刺激に陽希は咄嗟に体を丸くして身を守った。
「青島くん、お母さん帰ってきちゃうんじゃ……」
「大丈夫。母さん七時まで仕事だから」
「し、七時……」
そろりと陽希は絶望に近い感情を持ちながら壁にかけられた時計を見る。まだ夕日の見える頃合いなのだ。
七時なんてまだまだ先のことで、もしかしてそれまでずっとこれが続くのかなと思うと、耐えられる気がしなくて顔を青くさせた。
触れられるのは嬉しい。愛していると体に刻み込まれているようで、胸がはち切れそうな充足感を覚える。
けれど、同時に過ぎた快感であられもない姿をさらしてしまいそうで怖いのだ。
今まで必要最低限に処理をする程度で、こんなに悦楽を感じたことはない。
赤くなったり青くなったりと忙しい陽希を、青島は愛おしそうに笑って腕を取ると抵抗を解く。
隠れていた陽希の頬に宥めるようにキスされると、途端に陽希の体から力が抜けてしまう。
「稲葉が嫌だったら止める。でも、お前に好きだって伝えたいんだ。お前に身を委ねてもらってるって。愛されてるって実感したい」
「うう……散々俺が好きって言っても信じてくれなかったのに」
そんなことを言われたら嫌なんて絶対に言えない。負けたような心地で悔しくて、恨めしげに言った。
「それは、ごめん」
と、思いのほか青島がショックをうけていたので、「ごめんね。今のは意地悪だった」と謝罪と共に彼の頬に唇を寄せた。
陽希はこんなにいっぱいいっぱいなのに、余裕そうな青島に意趣返しがしたかったのだ。けれど、落ち込んだ姿を見ると、途端に許してしまいたくなる。
「青島くんに触れてもらえるのは嬉しいけど、その……俺、こういうこと初めてだから」
「嬉しい。むしろ他にいたら妬いてる。俺も初めてだから……優しくする」
うん、と頷くと、すぐに口を塞がれた。
舌が触れ合って熱に浮かされていると、不意に青島が身を起こして陽希のこめかみにキスをした。
一枚隔てたところで鈍く触れた感触が伝わり、昨日怪我をしたところだと分かった。
「跡、残ったりしないよな?」
「小っちゃい傷だし、大丈夫だよ。……でも、この傷があっても俺のこと好きでいてくれる?」
ちょっぴり不安な気持ちを零してみれば、叱るように鼻の頭に歯を立てられた。
「こんな傷で俺は稲葉を嫌いになったりしない」
「うん。あっ……ありがと、んうっ!」
きゅっと乳輪ごと絞るように指で摘ままれ、肩をしならせながら震えれば、すぐに慰めるように舌先で撫でられた。
すぐに快感でいっぱいいっぱいになった陽希は、あっという間に下着を脱がされてしまった。
「んっ」
「……触るぞ」
青島の大きな手が陽希の性器に触れた。すでに零れた先走りを塗りつけるようにそのまま上下に撫でられる。青島の力はどこまでも優しくて、逆にもどかしいほどだった。
「あ、ああ……んっ」
「稲葉、くち開けて」
こらえるように唇を噛んでいると、青島に窘められた。
「でも、声が……ああっあん」
口角にキスされて、そのまま顎や首筋にねっとりと舌を這わせられる。
肌を舐められる感覚なんて知らなかった。こそばゆさの奥に、ぞわぞわとしたなにかが背筋をのぼってくる。それがビリビリと頭を溶かして、そのうち声を堪えることすら忘れてしまった。
(熱い……全身熱くて、死んじゃう)
恥ずかしさと熱さに埋もれる中、初めての感覚にどこか恐怖も感じていた。でも、その度に青島がこめかみにキスをして、その眼で好きがいっぱいに溢れる視線を向けてくるから、陽希は簡単に体を預けてしまえた。
「ああ、だめえ……イッちゃ……」
青島の手の動きに合わせて聞こえる水音が、ずいぶんと大きく耳に届く。耳が沸騰しそうなほど熱い。
「イッていいよ」
「あ、あっあああ~~……!」
囁くように甘い声が耳に触れ、その瞬間、陽希は身もだえながら射精した。ベッドの上でひくひくと腹を震わせながら余韻に痺れる陽希を一瞥し、青島は嬉しそうに笑みを浮かべた。その瞳にはほの昏い欲望が膨れていて、青島も我慢しているのだと気づいた。
陽希が吐き出した精をまとわせた指を、ひたと後孔に触れた。
「あっ……」
戸惑うように陽希が向けた視線を受け、青島はシュンと耳を垂らした子犬みたいな顔でいいか? と訊ねた。
それがいじらしくて、きゅんと胸が高鳴り、陽希は気づけばこくりと頷いていた。
花がほころぶようにほっと安堵した青島に、陽希はなんだかいいことをしたような気分になった。
つぷ、と指が浅く入り込む。青島は精を塗り込むようにゆっくりゆっくりと解してくれるが、自分の体内になにかが入り込んでくる初めての感覚に、陽希の体は自然と強ばってしまう。
青島はその緊張を解そうと、指を動かしつつ首を伸ばして陽希の胸のいただきにそっと口づけた。
「ひゃっ、あん」
ちゅう、と短く吸われてから熱い舌で包まれて転がされると、途端に甘い快感と痺れが広がって全身の力が抜けていく。
「あ、青島く、ん! ああ、あ、あ」
「そのまま力抜いて」
「う、うん……んうっ、あ……」
しばらくそうして陽希の後ろをほぐしていた青島だったが、指が数本入った頃には彼の息も随分と荒かった。
チラリと見えた彼のものは大きく膨れ上がっていた。
耐えるように眉間の皺が寄った額に陽希が口づけ、「もう、いいよ」と自分から申し出る。
青島は躊躇ったようだったが、陽希が「お願い」と強請ると、頷いて性器を窄まりに添えた。
「痛かったら言ってくれ……稲葉に、痛い思いして欲しくない」
「うん。大丈夫だよ、青島くん」
挿れて欲しい。そう言って自分から腰を揺らしてかすかに押しつけると、青島が息を詰めて陽希の腰を掴んだ。
すぐに大きなものが下腹部を押し上げるようには挿ってきて陽希の喉から喘ぐような呻きが漏れた。
「うう、あっ……」
「稲、葉……」
苦しい。腹が中から圧迫されて、息が出来ない。意識してどうにか呼吸を繰り返す。
青島も同じなのか、苦しげに眉が寄っている。でも、想像していたよりは痛みはなかった。
すっぽりと青島の性器が収まった状態で、二人は荒く息をしていた。呼吸して腹の薄い皮膚が上下すると、青島の存在をより感じてしまって喉が震えた。
青島は陽希の中と馴染むまで、そのまま動かずに待っていてくれた。苦しさがだんだん和らいでいって、腹の奥が熱くなった頃に青島が奥歯を噛みしめたように言った。
「は、稲葉……動いても、いいか……?」
「うん……大丈夫……」
汗で濡れた手が、シーツの上で重なり合う。吸い付くように手のひらが触れ、青島が緩慢な動作で腰を動かした。
自分の中を、熱くて硬いものが擦っていく。それが存在を示すようにゆっくりと動くものだからたまらない。
「あ、ああ、青島くん」
「うっ、はあ……稲葉、稲葉」
吐息まじりに何度も陽希のことを呼ぶ青島が愛おしい。
上手く指に力が入らす、青島の手を握りしめることが出来ない。それを淋しく思っていると、気づいた青島が握り返してくれた。
ぎゅっと痛いほど握られると、幸せでたまらなくなった。
ギシギシとベッドの軋む音がぼんやりと聞こえた。
少しずつ中を擦る速度があがり、ひくひくと自分の腹の奥が震えるのを感じた。
視界がくらくらする。はらりはらりと陽希の黒い瞳から涙が零れた。
それを青島の唇が吸って、ぺろりと舌先で慰める。
陽希だってキスがしたかった。でも、身を起こす力もなく、繋がった手を放すのも耐えがたくて、首を傾けてどうにか青島の指先に吸い付くようにキスをした。
途端、青島が唸るように陽希を呼んだ。
「稲葉……! ぐっ……うう」
「あっ、ああ、あああ――!」
唸るような青島の吐息のあと、体内の昂ぶりがひときわ大きく震えた。そして、青島の熱が陽希の中で広がっていくのを感じる。
(嬉しい……青島くん、俺の中で気持ちよくなってくれたんだ……)
そう思った途端に、陽希の体も粟立つような気持ちよさに襲われて震えた性器から滴るように射精した。
荒い息が、暗い部屋の中に響く。
差し込んでいた夕日はいつのまにか消えて、窓の外はずいぶん薄暗くなっていた。
電気の点いていない部屋は当然のように暗い。すぐそばで息をする青島の瞳の色が、かろうじてうっすらと分かるほどだ。
そんなことに、今さら気づいた。
頭を蕩かしていた甘やかな刺激が少しずつ静まり、残ったのは体いっぱいに溢れる幸福感だった。
胸板をぴったりと合わせて、陽希はそっと青島の体を抱きしめた。
「青島くん、大好き……」
「俺だって好きだよ」
睫毛が絡み合いそうなほど近くでそう囁いてから、もう一度唇を重ねた。離れがたくて、キスを追えてからもこつんと額を合わせてお互いを感じる。
(青島くんの体……すごく熱い……)
自分が幾分か冷静になってきたからだろうか。青島の体温がどうにも熱く感じられた。
そっと眼を向けると、まるで風邪でもひいたように全身を真っ赤にさせた青島がいて、陽希は幸福に酔いしれていた中でハッと我に返って青島の額に手をかざした。
「すっごく熱い!」
「……あー、やばい。熱、ぶり返したかも……」
そう言い残して青島がぐったりと陽希の上にのし掛かった。陽希は布団と青島に挟まれて混乱するままに叫んだ。
「あ、あ、えっと、救急車っ!?」
慌てて携帯に手をかけたところを青島に止められ、なんとか彼の指示に従って風呂にお湯を張った。
揃って汗を流し終え、青島をベッドに横してから陽希は落ち込んだ。シーツは絶賛洗濯中だ。
「お見舞いに来たのに、俺ってば……」
「なんでだよ、一番の見舞い品だったけど」
「だって青島くんに無理させて……熱出させちゃったし」
カーペットの上に正座して心底落ち込んだようすの陽希に、青島はおかしそうに笑った。
「無理させたってのは俺の台詞だろ。稲葉は、体大丈夫かよ……」
気遣うように見られ、反射的にさっきまでのことを思い出した陽希の顔にカッと熱がのぼった。
恥ずかしさに眼を伏せながら、
「ちょっとだけ後ろが変な感じするけど、大丈夫。……青島くんが優しくしてくれたから、気持ちよかったよ」
と、照れつつも幸せそうに微笑んで伝えれば、青島は一瞬息を詰め、深く長く吐き出した。「ああ~~……」と呻くような声に、陽希はぎょっとする。
「ど、どうしたの?」
「稲葉、もうちょいこっち来て」
ちょいちょい、と布団から出た手が手招きした。どうしたのかと疑うこともなく近寄れば、あっと思ったときには青島の長い腕の中にしまいこまれてしまった。
ぎゅうと抱きしめられ、青島の熱い吐息が首筋をくすぐる。
「あー……もう、俺のなんだな……」
たまらない、とばかりにしみじみと感じ入るように言うものだから、陽希はおかしくなって「青島くんのだよ。これから全部」と笑って言った。