「あ、こっち、ここの角のラーメン屋。ここの味噌ラーメン、マッジでうまいんだ。ラーメンだけじゃなくて、チャーシュー丼も、餃子も……あぁ、陽向なら杏仁豆腐も気にいるかもな。結構、周りのお客さん、シメに杏仁食べてるから。」
「わぁ!杏仁っ!?全部食べてみたいです!お腹ぺこぺこ!」
ぎゅるるるるる!
盛大にお腹が鳴ってしまった。秋斗さんは口を押さえて、笑いを堪えているようで、肩が小刻みに震えていた。
うわぁぁ、は、恥ずかしい……。絶対に聞かれてるやつだ……
昨日、秋斗さんに会えた嬉しさと、秋斗さんからもらった最高の言葉。その実感がわかなすぎて、夜中に大福を食べたっきり……今朝はミルクをたっぷりと入れたカフェオレしか喉を通らなかった。
秋斗さんに今さっき会えるまでは、緊張でお腹が空いてたのなんて気にならなかったのに……。もう……。
ラーメン屋とは一見わからない黒い外壁に、すりガラスの入り口引き戸。白いのれんがかかっていて、中の様子は全く見えない。
のれんと、すりガラスの中心に遠慮がちに小さな文字で『秋桜道』と達筆な黒い筆文字で店名が書かれていた。
「すご、オシャレ……こすもす、どう?」
「いや、あえての『あきざくらみち』って言うんだってさ。んじゃ、入るか……昼飯時だから席、空いてるといいんだけどな。」
ガラガラッ
秋斗さんが長い指先を引き戸の取っ手に引っ掛けて
横へスライドさせる。
「いらっしゃい!何名様ですかー!?って、おお、兄ちゃん、いつもありがとうね!あれ、今日はお連れさん?」
厨房の湯気から顔を覗かせた店員さんが、早口で親しげに秋斗さんに話しかけている。
「はい、2名で。」
2名……ふふ、秋斗さんと俺、2名。2人でお昼ごはん……それだけで、もう、顔がゆるんでしまう。
秋斗さん、店員さんと顔馴染みなくらい、常連さんなんだ!そんな行きつけのお店に、連れてきてもらえるなんて……
ふふ、恋人同士って、感じ?
「んじゃ、2名様、こっちのカウンターの奥、横並びでお願いしまーす!」
秋斗さんは店員さんに軽くうなずくと
入り口入って右手にある食券機に5,000円札を吸い込ませた。
「陽向も、味噌でいい?あとは豚骨味噌、チャーシュー味噌もあるけど……」
「あっ、じゃあ、初めてなのでノーマルの味噌ラーメンからいきますっ」
OK、と言いながら秋斗さんがパネルをタッチする。
「チャーシュー丼、ねぎ味噌丼、どっち?」
「えっとー、どっちも……いいなぁー!んー」
パネルに映し出された写真を見て、ごくりと喉がなる。
「んじゃ、両方頼むか。あとは、餃子……っと」
俺はトートバックから財布を取り出す。
えっと、味噌が1200円で、チャーシュー丼が650円、餃子が400円……えっと、えっと、3000円なら足りる、かな?
パッと計算出来ない脳みそが悲しい。
ゴソゴソとトートバッグから財布を取り出していると
「あ、店長さん、これ、ポイントで……杏仁もらえます?」
秋斗さんが長財布から黒い紙のカードを差し出して店員さんと話し始めた。
さっき、湯気の中から話しかけてくれた人は、どうやら秋桜道の店長さんらしい。
「ほい、どれどれー、おおー、結構貯めたねー!45ポイントもあるじゃん。50ポイントでラーメン一つ無料になるからね!えーと5ポイント毎に杏仁だけど……9個、食うかい?」
店長さんがにかりと歯を見せて笑った。
「あははっ、いや、一つでいいっす。」
「了解っ、そいじゃ、食券もらっちゃうねー!」
そう言うと店長さんは他のカウンターのお客さんに「はいっ、味噌チャーシュー!おまたせ!」とほくほくと湯気の立つ丼を渡した。
「あのっ、秋斗さん」
秋斗さんが食券を渡したのを見計らって、手に取っていたお札を渡す。
「いや、いいって」
俺に背を向けて、さっき案内された店の奥に二つだけ空いているカウンターへと足を進めてしまう秋斗さんを追いかけて、秋斗さんの黒いパーカーの裾を引っ張った。
まただ。いや、ダメだよ、今までだって、ずっとだ。こんなにご馳走になってばかりじゃ!
「あ、あのっ、秋斗さんとっ、ずっ、ずっと、こんなして、ご飯食べにいきたいのでっ、あの、ちゃんと、お金は、払いますっ!俺も、働いてるし、一応っ、社員なのでっ!た、対等で、いたいですっ、秋斗さんとっ」
「……えほっ、んんっ、んっと、陽向……」
秋斗さんが変な咳払いをして俺を椅子の所に手招きする。
あっ……!!!俺たちの座る予定の隣、ラーメンを啜っていた女性が麺を口に咥えたまま、俺たちの方を驚いたように見ていた。
や、やば……
人がいるところで、俺……何言ってんの、もー。
「えっ、と、ごほん、ごほっ、えっと、す、座りましょか……」
わざとらしく咳払いをして、コートを脱いで背もたれにかけ、秋斗さんと同時に椅子に座る。
一瞬固まっていた隣の女性は何も見てない、聞いてないふりをしてくれて、続きの麺を啜り始めていた。
「あの、ご、ごめんなさい……。声、大きかったですね……。えと、でも、ちゃんと、払わせて下さい。はいこれ。」
渋々、といった表情で差し出したお札を受け取ってくれた。
「ん、わかった。そうだな……。陽向が気にするなら、そうするか。……んーと、でもさ、何か、その……なんてーのイベント?記念日?っての?……まぁ、そー言う感じな時は、俺に払わせてくんない?……それは、俺が陽向の為に、してやりたいことの、一つだったから」
周りの人に聞こえない、俺にだけ聞こえるくらいの小さな声で、こそっと伝えてくれた。
……っていうことは……
これから、先の……イベントや、記念日に、秋斗さんと一緒に、いられるって事……だよね!
わぁ、わぁ、わぁぁー!
きっと顔が茹でだこみたいに真っ赤に茹だっているはずだ。
何かお礼とか、嬉しいとか、言わなきゃと思うのに
嬉しすぎて、かくかくと首を縦に振るしかできなかった。