「あきと、さん、」
久しぶりに耳元で聞く、陽向のすっと心地よい声。
「……な、なに、陽向……」
陽向がどんな表情をしているのか、気になって顔を覗き込もうとしたが、ぐりぐりと肩に顔を埋めてしまっている。
「あの……す、好きって……あの、俺の、事……?」
ダウンジャケットに陽向の小さな声が吸い込まれてしまっているが、
大好きな人の声を聞き逃すわけがなかった。
「うん、俺は、陽向が、好きだ。俺、人を好きになるって、今までわかんなくて。でも、陽向に会うたびに、何でこんなに胸があったかくなるんだって……なんなんだろう、って、わかんなかった。 この気持ちが好きって事に気がついたの……実は、陽向に『もう会わない』って言われるちょっと前で……」
「でっ!!でもっ!!!秋斗さん、彼氏さんは?どうしたんですか?だって……だって、だから、俺……おれ……、秋斗さんのこと、好きになっちゃ、ダメって……」
話しの途中で眉をぐっと寄せて、泣きそうな表情の陽向が俺を見た。
ぎゅっときつく背中に回していた腕を少し緩める。
陽向の顔が見やすいように。
って、何の事だ?
彼氏さん?
「……か、彼氏さん?って、な、なに?」
「だっ、だって、秋斗さん!彼氏さん、いますよね?」
ぐっと胸元のダウンジャケットをぎゅっと握り、顔を左右に振りながら泣くのを我慢しているような陽向に聞かれる。
さっきも、コンビニの前で、そんなワードが出てきたけれど。
彼氏?な、なにも心当たりなんてない。
意味のわからないことを、必死な形相で詰め寄られて、
無実の罪を着せられる人間の気持ちがわかったような気すらしてくる。
どうにかして、信じてもらうには……
どうしたら……?
きちんと、説明しないと。
「な、なんで?俺、彼氏いたことなんて、無い。陽向に、そんな事、言ったこともないだろ?」
「でっ!でもっ、あの、条件……」
条件?
……条件?…………あっ!
もしかして、あの出会い系の!?
「俺……彼氏いる、なんては書いてなかったよな?ま、面倒くさい関係をずるずるすんのは嫌で、確か、条件厳しくしたつもりだったんだけど……なぁ、なんで?彼氏がいるって、思った?」
「だ、だって、え、エッチだけの関係、キスも、泊まりも、しないって……あの、秘密の、恋人には、バレたくない、その、身体だけの、関係の人、探してるのかなって!あ、だって、二宮さんたちもっ、言ってた、し。」
街灯のオレンジの光に照らされていても、赤くなっているのがわかるほど、陽向の顔が真っ赤に火照っていた。
その頬をそっと撫でる。
「彼氏なんて、いない」
「で、でも!でもっ!俺っ見たんです!あの!サラダの店でっ!で、デートしてる二人っ!!ちゃんと、見たんですっ、疑いたく、なかったけどっ、だって、秋斗さん、仕事って言ってのに、その人と、会ってたしっ、こ、これはどういう……」
ぐいっと陽向が俺の胸を思い切り押す。
待て。陽向。行かないでくれ。
ちゃんと、話、させて。
聞いてくれ。
俺が、どれだけ、陽向を好きか。
思わず陽向の左肘を掴んだ。離したくない。お願いだ、帰らないでくれ。
「ま、待って陽向、ちょ、落ち着けって、待って。……サラダ…………?何の事……サラダ……?」
サラダなんて俺どっかで食べたっけ?サラダ?……あ……!
まさか、まさか、あの店の!?
え!?嘘だろ!?
まさか!高橋さんと行った時の!?
うっわ、やめろよ、陽向……。
あんな奴と俺が付き合ってるって、勘違いしてたのか?
高橋さんと俺が顔を近づけるのを想像しただけで
きもくて、ゲロ出そう……
「陽向っ、あ、あれ、俺の働いてる店のうぜぇシェフ。その日、何であの人と一緒だったんだっけな…………あぁ、店の冷房壊れて、急遽店、休みになったんだわ。 俺休日でもヘルプに行ったり、その、陽向と一緒ん時も、電話で突然呼ばれて帰ったことあったろ? あれ以外にも、月曜日ランチ希望出してんのに、人手たんねーっていうから、ディナー出たりして……だから高橋さんに借りが沢山あったんだわ。それで、ジムと飯奢ってもらった……ってそれだけだぞ。……俺、デートなんて、したことねぇし。」
陽向の頬をそっと両手で包み込むと
ぽろりと大粒の涙が大きな瞳からこぼれ落ちた。
それを両方とも、親指で拭う。
「な、なんなら、あの、ケーキ二人で、食べに言ったのが俺の、人生、初デート、だった……って、そのケーキビュッフェのチケットくれたのも、高橋さんで……。まぁ、めんどくさい奴だけど、まぁ、いい先輩って感じ。断じて、彼氏なんて、ありえないから。あの人めっちゃ女好きだしな。」
「そ、そんな……お、俺……ずっと……勘違い、してた、の?」
そう言うと、陽向はずるずるっと俺の身体に寄りかかりながら、座り込んでしまった。
俺もその場にしゃがみ、陽向のふわりとした茶髪にそっと指を通す。
「信じて……くれる?……俺が、好きなのは、陽向だけって……」
「……う、うん……秋斗さん……、ほんと?俺……おれ……?」
潤んだ瞳が街灯の光を吸い込んで光っている。
あぁ、このビー玉みたいな瞳、俺が好きな、瞳だ。
陽向の左右の耳たぶに光るシルバーの丸いピアスをそっとなぞる。
あぁ、やっぱ、付けてくれてるわけ、ないよな。こんな不安にばっか、させてたんだもんな。
やっぱり、あれは、捨てられちゃったよな……
「うん、陽向が……好きだ。……あの……ピアスも、陽向を好きだって自覚する前に、買ったんだ。 陽向に似合うだろうなって……。でも、こんな贈り物なんて、したことなかったから、どうやって渡したらいいのか……わかんなくて、しかも、お揃いに勝手にしちゃってさ……こんなんいらねぇって言われたくなくて……結局、あんな、渡し方しかできなくて……。ははっ、キモかったろ?最後って言った奴に、あんなピアス、バックに入れられて、さ。捨ててもらって大正解だから、あれ。」
「……ピアス……あれ…………俺の、為に?」