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第67話 伝える〜side秋斗〜

「……すき、です」


はぁ?何か、されたんだろ?山本って奴に……。

こんだけ泣くってことは……ま、まさか、無理矢理に、やられそうになったのか?

それとも、あいつに、こっぴどく振られた?

あいつ、お前のこと、遊びの1人でしかないぞ。

相手とっかえひっかえだって、言われてたぞ。

そんな奴、まだ好きなのか?


「は……?い、いや、そういうのは本人に言えよ。なんか、乱暴なことでも、されたのか?なぁ、まじ、許せねぇ」


陽向の細い肩を掴む手に思わず力が入ってしまう。

こんな陽向が、辛い思いするなんて。

あいつ、許せねぇ。



「ね、秋斗さん……」

陽向が心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。

いや、心配なのは俺の方だよ。

陽向をこんな風に泣かせる奴……許せない

「ん?どうした?なぁ、陽向をこんな所に置いて帰ったのか、あいつ」


肩を強くゆすってしまっていた俺の手を、

やめて、と言うように陽向が手を重ねてくる。

ごめん、痛かった……か?

俺、ほんと、陽向のことになると、見事に余裕がなくなる。

ごめん、の意味もこめて、その細く長い指をそっと握る。


「うわ、手、冷てぇ。いつから、いたんだよ。」

陽向の手はまるで保冷剤でも触ったかのように、じんと冷たかった。

おい、身体も冷え切ってるんじゃないか……?大丈夫なのか?

風邪ひくぞ、このままじゃ。

つぅ、と頬を伝う綺麗な雫を親指にのせる。

そのまま吸い取ってしまいたい衝動にかられた。


だめだ、そんなことしたら、完全にやばい奴だ。

理性を必死に集めて

ぎゅっと固く噛んでいる陽向の唇をそっと元に戻す。


唇、切れるぞ。

陽向の綺麗な紅い唇。


なぞった下唇はいつもの紅さはなく、寒さのためか色を失っていた。

どうしよう、早く、あったかい所へ連れて行った方が……

俺ん家……い、いや、

前、あんなことしちまった部屋に、来るわけがない。


とりあえず、コンビニの中入って、あったかいお茶とか、肉まんとか、ラーメン買って、食べてもいいか。

って、陽向、うちの店で食べたから、腹減ってないか……

でも、肉まんくらいなら……あ、陽向甘いの好きだから、あんまん……

「秋斗さん、……好きです。俺、秋斗さん……が。ずっと……初めて、して、もらった日から、ずっと……。

か、彼氏さんいるの、知ってるんです。だけど、好きになってしまって……でも好きな気持ちは、どんどん増えちゃうから……だから、これ以上、好きにならないうちに、迷惑をかけてしまう前に、さよならすることにしたんです」


頭の中は肉まんとあんまんが並んでいて、

陽向が突然何を言い出したのか、全く理解ができなかった。

「……っ!?」


なぁ、今、え?

なんて、言った?


好き……?

秋斗さんて……、は?お、俺?

え?

頭の中がパニックになる。

なんだ、

俺、ついに幻聴がきこえるようになった?


「……す、す、好きっ……て?え?ひ、陽向のす、好きな奴……え、え……?な、え?……い、意味が、わかんないん、だけど、……ど、っえ?」


何か言わなきゃ、と口をひらくが、みっともなく言葉がつっかえてしまい、上手く話せない。


そんな俺を見て、ふふっ、とふわりと笑った陽向がすっと立ち上がった。

握っていた手を解かれてしまった。


笑ってる?

え?俺、騙されてる?

どんな反応するのか、試されてる?

ドッキリか、なんか、か?


「……というわけです。へへ、最後に、こんな、困らせるような事、言っちゃって、ごめんなさい。……でも、このまま、この大好きな気持ちを隠して生きていくのは、ちょっと、辛くて。へへっ、秋斗さんに、聞いてもらえて、俺嬉しいです。……ありがとうございました。……だから、これで、本当に、…………さよならです。……で、でも、もしっ、また、あの、こんな風に、駅とかで会えたら、あ、挨拶は、しても良い……ですか?」


ヤバい。

思考停止ってこういうことか?

何も理解できない。

何を言ってるんだ?陽向。


お前が好きなのはあの、眼鏡じゃないのか?

好きな気持ち、隠して、生きていく?

好きな気持ち、隠してた?

誰に

何のために?


じんじんと足が、全身が痺れてくる。


陽向はどんな顔しているんだろうか?

顔を上げたくても、

うまく動かない。


だって、あの日、もう会わない、好きな奴いる、最後に抱いてと言ったのは

陽向だろ?

ど、

どういうこと……?



「そ、それじゃ、お、お仕事後なのに、引き留めてしまって……、すみませんでした……。えっと、……じゃ、じゃあ、………………さよなら…」


また、

また……さよならを言われた。

また、また会えなくなるのか……

もう、会わないつもりなのか……

俺の事、好き?なんだろ

なのに、なんで……

いや、過去形だったってことか?


なら

俺は、俺はどうしたら良い?

このまま、離された手を、離したままで良いのか?


動けない俺、返事もできない俺を、見限ったかのように、陽向は静かに足を家の方向へと向けた。



行ってしまう、

行ってしまう……

いいのか、

このままで、

俺の気持ち、伝えないまま……


本当にさよならなのか……、

それで、

いい……


いいわけ、ない!!!

動け、動けよ、俺の身体。


手は、動く……、グーパーと動かした手のひらで

バンッッ!!と動かない太ももを強く叩く。

動けよ、俺の足!

パシッ!固まったままの両頬を叩くと一気に頭が動き始めた。

行かせない、行かせない!陽向!!!

待て、待て、陽向!

腹に思い切り力をいれて、声を絞り出した。


「ひなた!!!!!待って、ひなた!!!!」

こんな大声が出るなんて

初めて知った。


ネジを巻かれた人形のように、やっとで動き始めた足を必死に動かして、陽向の元へと駆け寄る。

少し先で驚いたように立ち止まっている陽向に、すぐに追いついた。


陽向が振り向く瞬間に、そのコートに包まれてもなお細いその身体を思い切り抱きしめた。


ダウンジャケットの肩口にぽふっとおさまる陽向の顔。

その瞬間、一気に陽向の香りが俺を包む。

ココナッツみたいな、甘く、とろけそうな、陽向の香り。

そこに店のニンニクトマトソースの香りもどこからかふわりと漂ってくる。


だめだ、やばい。

もう、離せない。

この大事な存在を、離せない。

このまま一生、俺の腕の中へしまっておきたい。


陽向に、俺の気持ち、

俺の……あの9月に封印してしまった、あの、気持ち。

陽向に……


「っすきだ!!!好きだ、好きだ!陽向!俺も、ひ、ひなたがっ、が、好きで、好きで。この、3ヶ月、陽向に会いたい!って、ずっと、そればっか、思ってた。……好きだ。ひなた、陽向……」


さっきまでは全く動かなかった口が、ぽろぽろと勝手に言葉を紡ぎ始める。

もう、陽向を失いたくないという、本能なのだろうか、


もぞもぞと陽向が動く。

……怖い。

答えを聞くのが……


もう、遅かったのだろうか……

陽向の中では

もう、俺は過去のことなのかもしれない。

陽向、陽向、

何か、言ってくれ。


もう、無理なら

無理だったら……


俺は、この先、どうなってしまうのだろう。

でも、それでも、伝えたかった。

せっかくまた会えたというのに、

このまま、はい、終わりなんて、できない。

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