「おい、陽向だよな?……こんな所で、な、泣いてんのか?……あ、あいつに!なんか、されたのか!?」
がしっと肩を掴まれて思わず顔を上げた。
嘘……。
大好きな人の顔が目の前にあった。
瞬きと同時に両目からぽろぽろと涙が溢れる。
「……。」
驚きすぎると、声って本当に出ない。
なんで、秋斗さんが?
夢?俺、夢でもみてる?
本物の、秋斗さん?
「な、大丈夫か?痛いとこ、ないか!?……あいつ、よくも……」
なんだか怒ってる?
ぎゅっと掴まれた肩が少し痛い。
あいつって誰?
えっと、口、動いて、早く。
だまっていたら、秋斗さん、行っちゃうかも。
俺の口、しっかり、しろ!
「……」
「おい、なぁ、黙って泣いてないで、教えて。あいつに、何されたんだよ。場合によっちゃ、警察に……」
け、警察!?え?ど、どうしたの……秋斗さん。
何のこと?
意味がわからない。
でも、でも、
会えた。 会えたら、伝えるんだ。
伝えなきゃ。
「……すき、です」
「は……?い、いや、そういうのは本人に言えよ。なんか、乱暴なことでも、されたのか?なぁ、まじ、許せねぇ」
相変わらず秋斗さんが怒っている意味がよくわからない。
本人に?……俺本人に、ちゃんと言ってるんだけどなぁ。
伝わってない?
「ね、秋斗さん……」
続きの言葉がやっぱりうまく出てこなくて、ぎゅっと唇を噛む。
「ん?どうした?なぁ、陽向をこんな所に置いて帰ったのか、あいつ」
だから、あいつって誰のこと?
ちゃんと、ちゃんと、言わなきゃ、秋斗さんに、もう、会えないかもしれないんだから。
肩をゆさぶる秋斗さんの手にそっと自分の手を重ねる。
あったかい、秋斗さんの手。
手をぎゅっと包み込むように握り返してくれた。
「うわ、手、冷てぇ。いつから、いたんだよ。」
手を繋いだまま、秋斗さんの親指が頬に流れている涙を拭い、強く噛んでいた唇をやめろ、と言うように、そっとなぞる。
凍えていた唇が、秋斗さんの熱で溶けたように口がふわっと動き出した。
「秋斗さん、……好きです。俺、秋斗さん……が。ずっと……初めて、して、もらった日から、ずっと……。
か、彼氏さんいるの、知ってるんです。だけど、好きになってしまって……でも好きな気持ちは、どんどん増えちゃうから……だから、これ以上、好きにならないうちに、迷惑をかけてしまう前に、さよならすることにしたんです」
「……っ!?」
秋斗さんが目を見開いて、驚いている。
そうだよな、やっぱり、困らせちゃうよな。
でも、言えた!ちゃんと、言えたよ、俺。
「……す、す、好きっ……て?え?ひ、陽向のす、好きな奴……え、え……?な、え?……い、意味が、わかんないん、だけど、……ど、っえ?」
俺の手を繋いだまま後退りしていってしまう秋斗さん。
ふふ、やっぱり、無理だよね。
わかってる。
でも、伝えられて、良かった。
何だか、心の中が一気にクリアになった気がする。
よし!これで俺、前に進める、良かった。
握られていた手をそっと振り解く。
もう、泣かない。
大丈夫だ。
すっと立ち上がる。
クリアになった視界で、キラキラと瞬いている星をじっと見つめる。
うん、涙がもう、溢れないように、このまま、上向いとこ。
「……というわけです。へへ、最後に、こんな、困らせるような事、言っちゃって、ごめんなさい。……でも、このまま、この大好きな気持ちを隠して生きていくのは、ちょっと、辛くて。へへっ、秋斗さんに、聞いてもらえて、俺嬉しいです。……ありがとうございました。……だから、これで、本当に、…………さよならです。……で、でも、もしっ、また、あの、こんな風に、駅とかで会えたら、あ、挨拶は、しても良い……ですか?」
最後は声がすっかり震えてしまった。
泣かない、泣かない。もう、泣くな。
秋斗さんは座ったまま、動かないし、何も、言ってくれない。
うん、わかってる。困っちゃってるよね?
でもなぁ、思い切り、すっぱり「いや、無理だから」って振ってもらいたかったな。
さて、帰ろう。
もっと、一緒にいたくなってしまう前に。
離れがたくなってしまう前に。
「そ、それじゃ、お、お仕事後なのに、引き留めてしまって……、すみませんでした……。えっと、……じゃ、じゃあ、………………さよなら…」
秋斗さんへ、2度目のさよならを告げる。
これでいい、これで良いんだ。
ぐっと拳を握る。
座って俯いたままの秋斗さんに
ぺこっと会釈をした。
ごしごしっと目を擦り、うっかり滲んできそうな涙を、コートのじわっと湿った袖で吸い取った。
さて、帰ろう。
秋斗さんを避けるようにして、自分の家の方へと足を踏み出す。
明日からは、もう、新しい俺だ、
また、いつか、秋斗さんみたいな、素敵な人に……
振り返ることなく、真っ直ぐすすむ。
振り返っちゃダメだ。
前に進むんだ。
背後から照らしてくれていたコンビニの明かりが少しずつ遠くなり、街灯のポツっとした灯りに自分の影が伸びる。
その影を踏みつけながら、急足で歩く。
本当は走りたかったけれど、そんな体力は正直残っていなかった。
へへ、言えたじゃん、俺。
言えるじゃん。
9月には、あんなに、気持ちを伝える事が怖くて仕方なかったのに。
恋が終わった辛さより、
気持ちをちゃんと伝えられたすっきり感が胸を占めている。
それで、ピアスも、今日で捨てよう。
年内って言ってたけど、今日がこのタイミングだ。
うん、うん。
「ひなた!!!!!」
びくっ!!
「待って!!!ひなた!!!!」
え?
この声、秋斗さんの、声??
聞いたこともない、叫ぶような大きな声だ。
あまりの大声に身体が跳ね上がった。
ど、どうした、の?
恐る恐る振り向こうとした、瞬間
とてつもなく強い力で、全身を締め付けられた。
さっきコンビニの前で『あったかそう……』とこっそり思っていた黒のダウンジャケットがクッションになり、顔をふんわりと包み込んでくる。
一瞬で大好きな秋斗さんの香りに埋めつくされた。
え……
え?
な、なに?
俺、
抱きしめ……られて、る?
「っすきだ!!!好きだ、好きだ!陽向!俺も、陽向が、好きで、好きで。この、3ヶ月、陽向に会いたい!って、ずっと、そればっか、思ってた。……好きだ。ひなた、陽向……」
ごそごそ……
視界を真っ暗にしていたあったかいダウンジャケットから顔を少しずらす。
街灯のオレンジの光の真ん中で、
俺と秋斗さんの影が重なっているのが見えた。
大好きな声で、沢山名前を呼んでもらえた。
ねぇ、
夢?聞き間違い?……じゃない、よね?
大好きな人に、
俺は、抱きしめられて、
告白を
されている。
それは、いつか観た、映画のワンシーンのようだった。