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第64話 再会④〜side陽向〜 


「HINAくん、いいっていいって!!本当に、気にしないで。今日僕なんかに会ってくれたし、沢山お話し聞いてくれたお礼だからさ」

お会計を俺がトイレに行っている間に済ませてしまった山本さんに

店を出てから必死に五千円札を渡す。

でも頑なに受け取ってはもらえない。

あんなにいっぱい食べてしまって、申し訳なさすぎる。

頭を下げる俺の肩をぽんぽんと叩く山本さん。

恐る恐る顔を上げると、眼鏡の奥の瞳が優しく笑った。


「HINAくん、お金はいいからさ、もうちょっと、話そうか……ね?話したいこと、ない?……相談でも、悩みとか、……僕ね、あのアプリで出会った子達と、本当にエッチが目的じゃないんだ。……話し相手が欲しくてさ。昔からお前は口から生まれてきたんだろ!って言われるくらいのお喋りでさ。で、相手の話を聞くのも大好きで。一時はカウンセラーにでもなろうと思ったくらい。でも心理学とかもう、ちんぷんかんぷんでさ!こりゃ向いてないーってなって、今の営業職についたんだ。まぁさ、大人になるとさ、仕事仕事で、やっぱり忙しいからさ。1ヶ月の半分くらいはあちこち出張だし、特定の相手を作ることも、なんだか放ったらかしになってしまうのが申し訳なくてね。でも、やっぱり誰か、話してくれる相手がどうしても欲しくて。 ああいったサイトだから、中にはエッチ目的なんだからとっととエッチしろ!って子もいるんだけどさぁ……って、あぁっ!またやっちゃった!!もー、僕の事はどうでもいいね。

本題に戻すね。いやさ、あの店に入ってからのHINAくん……もう、消えてしまいそうなほど儚くて、辛そうで……。 あの店のスタッフさんと、もしかして……?と思ってさ。  いや、僕の勘違いだったら、この勘違いヤロー!って怒ってね!…………ね、よかったら、僕が、聞き相手に……なるよ?HINAくん」



ぼろぼろぼろっ……

目から勝手に大量の涙が溢れ頬や顎が濡れる。

な、なんで、俺……泣いてる?

急いでコートの袖口で拭うが、どんどんと溢れてきてしまい、袖口が湿ってきてしまった。

なにこれ、やだ、止まんな……い。


「や、やま、もと、さんっ、俺、俺……あのっ……」

この人なら

全て話せる。

そんな気がした。


聞いて欲しかった。

ずっと、

誰かに、聞いて欲しかったんだ。


俺が出した答えが、本当に、正解だったのか。

俺は、どうしたら、良いのか。

この気持ちを忘れられない、捨てられないまま。

俺は、これからどうやって、生きて行ったらいいのか……。


「き、きいて、もらえま、すか……?」

「うん、いくらでも、聞くよ。HINAくんを救うために僕と君は今日出会ったんだと思うから。 人ってね、意外と、無意識のうちに自分が引き寄せた人とつながってるんだよ。」


立ち話もなんだし、座って話そうか?と

田⚪︎駅へと帰る途中の、石のベンチがいくつか並んでいる、憩いの広場へと向かった。

その途中で山本さんは自販機に寄り、ICカードでブラックのホットコーヒーを、泣きすぎてその場に座り込んでしまう俺にホットミルクティーを買ってくれた。

氷のように冷たかった手が温められる。

心に突き刺さったままの棘も溶けていくような気がした。

涙が止まらなくて、まともにお礼も言えない俺を、そっと立たせ、石のベンチへと座らせてくれた。


ミルクティーのとろけるような甘さが

溜め込み続けて、仕舞い込んでいた言葉を引き出してくれた。


山本さんに、秋斗さんと出会う前から、3ヶ月前の別れを告げた日のこと、それからの自分の気持ち。

全て全て、隠さず伝えた。

1時間以上、泣きながら話す俺に、

嫌な顔一つせず「うん、うん、そっか……」

とずっと聞いてくれていた。


思いを全て聞いてもらえて、

心の中のつっかえていたものが

スッと取れて行ったのを感じた。

話し終える頃になってやっと、タンクが空になったのかも知れない……やっとで涙が止まった。








22:30を過ぎた。

バタバタと急ぎ足の人の多い田⚪︎駅の改札前。

花⚪︎駅とは反対方向は間も無く終電らしく、立ち止まっている俺達を邪魔だというように避けてホームへと走っていく。


「HINAくん!僕、終電なくなっちゃうから、ごめんよ。本当ならお家まで送ってあげたいんだけど……反対方向なのが悔やまれるよ。本当に、気をつけて、帰ってね!また、いつでも話、聞かせてね!って、僕明後日から九州出張なんだけどさ、だから、メッセージ!いつでも送って!またこっち帰ってきたらお茶しに行こうね!またね!HINAくん!会えて嬉しかったよ!」



広場で膝を付き合わせながら、まだまだずっと話しを聞いて欲しい……そんな風に甘えて思っていた時に、山本さんのスマホが鳴った。

『電話ごめんね、家のシェアしてる子からだった!鍵無くしちゃったから、早く帰ってこいって……ってわぁっ!22時半になるんだね!HINAくんのこと、遅くまで引き留めちゃってごめんよ。僕も終電があるんだ、ごめんごめんよ、HINAくん!また続きの話は今度しよう!駅、行こうか!』


っとバタバタと駅へと戻ってきた。

家を出張で空けることが多い事から、家賃ももったいないなぁーと思った時に、うまいこと、それも引き寄せられるようにシェア相手がみつかったんだ……と教えてくれた。



「やまも、とさんっ、本当に、ありがとう、ござっ……い」

やっと止まったはずの涙がまた溢れてきて唇が震える。

「もー、もう!泣かないの!ね、決めたこと、あるでしょ?ね!大丈夫!大丈夫だから!ね、」

『間も無く2番ホームに電車が参ります。〇〇行きはこの電車が最終となります。お乗り遅れのないよう……』


改札にも終電を告げるアナウンスが響く。

「わっ!やばやばっ、じゃ、いくねっ!またね!もうー、泣かないんだよー!HINAくん!次に会う時は、可愛い笑顔見せてねっ!それじゃ!ね!」


改札をくぐってからも最後まで手を振りながら2番ホームへと向かう山本さん。

なんて、なんて良い人……。

あの人を

引き寄せた、のかな。俺……。

俺にとって必要な人だったんだ。



あとは、俺が、頑張る。

山本さんと、約束したから。

うん、うん、と胸をとんとん、と叩いて、1番ホームへと向かった。

22:42

間も無く1番ホームにも電車がくるみたいだ。


涙をまた拭って、ゆっくり階段を降りていった。





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