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第63話 再会③〜side陽向〜


秋斗……さん。


目が、合ってしまった……。


秋斗さんの、仕事って……ここの、お店だったんだ……。

な、なんて、神様は意地悪だ。


こんな時に

こんな日に


秋斗さんを忘れる為の一歩を踏み出した日に

秋斗さんに、会わせるなんて……。


なにか、なにか、言った方がよい?

知らんぷり?他人のふり?

そんなの最低だよね、

『わっ、お久しぶりです!』?

『元気でしたか?』?

『わぁ、偶然ですね』?

『こちらで、お仕事されてたんですね』?


な、なんて、言えばいい?

なんて……

ど、どうしよう

「……っ、な、……」


唇がぱくぱく動くだけでうまく言葉を出してくれない。

そんなことをしているうちに

ふいっ、と目を逸らされてしまった。

知らない、ふり?

……そ、そうだよ、ね。

俺が、俺から、あんな風に、もう会わないって

一方的に言って。

勝手に家から、出て行って。


ねぇ、

でも、あの、ピアスのこと、それだけでいいから、

もう一度、秋斗さんに、聞きたい。


「お、お連れ様の、コートも一緒に、お預かり致します……」

お連れ様……?ねぇ、俺の名前も、忘れちゃった……?

陽向って、もう、呼んでは、くれないんだ……

ぐりぐりと

胸が抉られていく音がする気がした。


ん?

と俺の顔がきっと強張っていたのだろう。

不思議そうな顔をした山本さんだったが、すぐに元の優しい笑顔になった。


「HINAくん、ほら、コート脱いで。ウエイターさんが帰りまでお預かりしてくれるんだよ」

山本さんが、優しく腰をそっと叩いて、正気に戻してくれた。


だめだめ、俺は今、山本さんといるんだから。

山本さんに迷惑をかけるわけには、いかない。


急いでコートを脱ぐ。

これ、秋斗さんに、渡さなきゃ、だよね……。


ただ、コートを渡すだけなのに、心臓がドクドクドクとすごい音を立てる。

山本さんに、聞かれてしまいそうなほどだ。


「……あ、あ……の」


秋斗さんへそっと、自分のコートを差し出す。

秋斗さんに、触れてもらえる、あのコートが、羨ましいな……。


うっかり、そっと、手が触れたりしないかな……、秋斗さんの、手……。触り、たい。


バッ!

まるで奪い取られるように、コートを取られてしまった。

そ、そんなに、俺の事……


俺のものなんか、触りたくも、ない?

そこまで、

嫌われてしまったのか……。


もう、怖くて、秋斗さんの顔なんて見れなかった。

下を向いて、ぐっと唇を噛む。

外壁と似た、白やベージュ、薄茶色の大きめのタイルが敷き詰められた床をじっと見つめる。

秋斗さん……

あんなに会いたかったはずなのに……。


苦しい。


秋斗さんが他人行儀な接客トークをしているが、何を言っているのか、頭に入ってこなかった。



「HINAくん、ほら、座って。こっち、」

再び山本さんに腰をぽんぽんと優しく叩かれて、ハッとなる。

わざわざ座りやすいよう、椅子を引いてくれた。

どこまでも、優しい山本さん。


「HINAくんは何が食べたいかな?パスタならトマトソースが絶品だよ!!もし、バジルが好きならジェノベーゼパスタも最高に美味しい!ピザなら……んー、迷うなぁ、マルゲリータかな?やっぱり!」


山本さんがメニューを広げて見せてくれる。

縦長のメニューは名前表記だけで、派手な写真はついてはいない。

名前の隣に、きっと俺みたいな初心者でもわかりやすいようにだろうか、メニューの説明が一文で書かれている。


「えっと、んー、迷うなぁ……。パスタは絶対に食べたいです。……えっと、えっ……と」


メニューを見るふりをしながら

秋斗さんのことを目が勝手に追ってしまう。

やめろよ、俺。

山本さんに、失礼だ。


メニュー選びに集中しよう!よし!

「俺、選びきれないので、山本さんのオススメにしてみます!おまかせしても良いですか?苦手なものは、ほとんどないので!」

「よし、わかった!……じゃあ、俺のオススメで頼んでみちゃうね!……HINAくん、ワイン飲める?」


メニューとは別のワインリストを開く山本さん。

ワインのことなんて、何もわからない。

「俺、ワイン、ほとんど飲んだことなくて。そんな俺でも、飲みやすいの……」

ガチャン!!!!!


何かが割れた音がして、ビクッとなり、店内もシーンとなる。お客さん同士の会話でほとんど聞こえていなかった陽気なBGMだけがはっきりと聞こえてきた。

と同時に

「失礼致しました!」

スタッフさん達が頭を下げていた。


大丈夫かな、お皿、割れちゃったのかな……。

怪我してないかな。

結構お皿の破片って危ないからなぁ。


自分も店で何度かやらかしてしまっていることを思い出した。

「割れちゃったみたいだね。びっくりしたねー。よし、じゃあ、注文しちゃおうか!ワインも軽くて飲みやすいもの、選ばせてもらうね。」

ちょうどその時、タイミングを見計らったように、ドアで出迎えてくれたウエイターさんが、お冷を持ってきてくれた。


「先程は失礼致しました」

軽く頭を下げながら薄くスライスされたレモンの入ったお冷を木のコースターの上に並べる。


あれ、秋斗さん、どこだろう。

店内を見回すが、秋斗さんの姿はない。

さっき、お皿割れちゃったので、もしかして、怪我でもしちゃった!?

大丈夫かな……秋斗さん……


「……ん?……くん!?……おーい、HINAくん!!」

「わっ!あっ……、す、すみません、えっと、……」

山本さんが困ったように眉を下げてメニューを俺の方へ向けていた。

やばっ……


「HINAくん、ドルチェ、何がいい?」

「……っえ、えっと、え……っと」

急にメニューを見たので、どこにドルチェが書いてあるかもわからず、受け取ったメニューを持ちながら目をキョロキョロさせる。

そんな俺に気がついたのか、ウエイターさんが

「甘いものがお好きでしたら……ティラミスが1番、お客様からご好評頂いております。オススメですよ」

と助け舟を出してくれた。

さすが…………ありがとうございます!と心の中でお礼をして

「そ、それじゃ、ティラミスにします!」

「はい、かしこまりました。ティラミスをお持ちして宜しい時に、また店員に声を掛けて頂けますか?」

「は、はい。」

ばふっ!とメニューを閉じて、ウエイターさんに渡した。



次々と運ばれてくる、色鮮やかな料理の数々。

ふわっとぶどうの香りがさわやかな白ワイン……


美味しい、美味しい、美味しいはずなのに……。

全然、味なんて、覚えていない。


秋斗さん、どこへ行ってしまったの?

もう、俺の顔見たくないから、帰ってしまった?

それとも、やっぱり、怪我して、しまった?


コートを渡した以降、秋斗さんが再びホールに現れることはなかった。

まるでさっき会えたことが、幻だったのかとさえ思えてくる。




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