「そっかそっか、あのさ!19時の予約まで少し時間あるから、ここから少し行った所に、和菓子屋さんがあるんだけど、そこに寄っても良いかな?明日のお得意様がね、あんこに目がない方で。ここのお店の和菓子がお気に召しているらしいんだ。」
「はい、行きましょ。俺も甘いの大好きなんです。和菓子って繊細で綺麗で、それでもって、くどくない程よい甘さが計算されていて、良いですよね」
「うんうん、じゃあ甘いの大好きなHINAくんに、何か美味しそうなもの、選んでもらおうかな?よし、行こう」
この人、本当に話が好きなんだな。
俺は昔から口下手だから、自分の気持ち、なかなか言葉に出せなくて、子どもの頃からもどかしい思いばかりしてきたし、誰かと一緒の時にうまく返事が返せなくて沈黙になってしまうのが、嫌だった。
山本さんみたいにどんどん気持ちや言葉を引き出してくれる人と一緒だと、会話って、楽しいんだな。
会話の続くコツなんてあるのだろうか。
将来、店を出せたとしても、お客さんと話せる自信がないのが、心配だ。
色々と聞いてみよう。
えんじ色ののれんをくぐり、
落ち着いた雰囲気の和菓子屋さんの中へ入る。
BGMなどはかかっていなく、店員さんが箱を包装している包装紙をしゅ、しゅっ、と折り曲げる音と、
ぷすぷすっとやかんのお湯が沸いている音が店内のBGMとなっていた。
入った瞬間にお茶の葉が蒸された香りがふわっと鼻をくすぐる。
『ごゆっくりしていって下さいね』
黒髪を一つにまとめ、のれんと同じえんじ色の三角巾を頭につけた、優しそうな母親世代の店員さんが、お茶を淹れてくれた。
まるっこい湯呑みに淹れてもらったそれを、ずずっと半分ほど飲み、店内の和菓子を見て回る。
洋菓子のキラキラ派手な見た目も好きだけれど、
一つ一つ、丁寧作られたのがわかる和菓子のずっしりとした存在感もとても素敵だ。
美味しそう……とうっとりとしながら言ってしまった大福の6個入りを買った山本さん。
『これ、選んでくれたお礼!』
と俺の分の大福まで2つ頂いてしまった。
紙袋に入れられた大福は渡されるとずっしり重く、あんこが沢山詰まっているのがわかる。
ふふふ、帰ったら食べるのが楽しみ。
帰ってから一つと、明日の朝にもう一つ……。
もう一度お礼を言ってからトートバックにそっと入れる。
「さて、18時50分だね!ちょうどいい時間だ。夕飯、いこうか!」
ぐぅぅ、とタイミングよくお腹がなってしまう。
恥ずかしい。お腹を慌てて両手で抑えたので熱くなる頬は隠しきれなかった。
「ふふ、仕事後だもんね、お腹すいたよね。沢山食べよう!美味しい料理が沢山なんだ!もちろん、ドルチェもあるよ」
「ドルチェ……デザートかぁ……」
イタリアンだから……デザートといったら何かなぁ
ティラミス?ジェラート?パンナコッタとか?んーー、楽しみー!!
デザートを頭に思い浮かべながら、足取りも軽く山本さんの後に着いて歩いた。
歩き始めて2、3分もしないうちに
「HINAくん、着いたよ。ここだよ。」
わぁ……。可愛い。
白いレンガなのか?石なのか?を互い違いに積み上げてある外壁。
それを色付けるように緑の植物が赤いレンガの植木鉢から這うように伸びている。それが伸びっぱなしなのではなく、きちんと整備されたものだとわかる計算された美しさだ。 そのそばに無造作に置かれている、オリーブ色のステンレスのジョウロが可愛らしさをさらにアップさせている。
窓に備え付けられている木で出来た格子状の外開きの扉。これはレプリカなのだろうか、しまったままだ。
看板などは外にはついていなく、重そうな木で出来た入り口のドアに、黒いインクでまるで個人の家の表札かのように、店名のtrattorìa SHIRAISHIと書かれている。
ここだけイタリアの街並みから切り抜いてきたような、テーマパークにも来たかのような、そんな雰囲気に包まれた。
外観に見惚れている俺を入り口でにこにこと待っていてくれた山本さんに気がついた。
「す、すみませんっ、お待たせしましたっ」
「いいよいいよ、素敵でしょ?建物も。 オーナーの白石さんはさ、10代でイタリアへ行って、料理の修行していたらしいんだ。僕と同世代なんだけどね。生まれついてのバリバリの料理人だよ。
28歳で帰国してから、『日本でも本場のイタリアンを気軽に楽しんでもらいたい、イタリアンが美味しいのは当たり前。だからこそ、この店舗だけでしか作れない味、守るべき味、雰囲気を大切に。』ってこのお店を立ち上げたんだって。白石さんはこの店舗にはほとんど来なくて、あと、都内にもう1店舗あるんだけど、そっちの方を手伝ったり、ホテルのシェフのヘルプに行ったり、たまにイタリアに行って材料買い付けしたりと、忙しくしてるみたい。だから僕ももう3年くらいこのお店に通ってるんだけど、オーナーさんに会ったのは二回だけなんだ。 でもね、1番弟子の高橋さんって人にこの店の料理は全部任せてるそうだよ。高橋さんの作る料理もすごく美味しくてねー、僕ファンなんだ。高橋さんもいつかは独立したりするのかなぁ………そしたらその店に着いていこうかなぁ…………って!また!ごめん!僕ばっかり話してるね、ごめんよー、本当。それじゃ、入ろうか」
店に入る前に、店の情報を沢山ゲットできた。
凄腕のオーナーに任された1番弟子さんの高橋さん?て人もすごいなぁ。
料理人てすごく厳しくて、妥協もしないし、自分にも料理にもストイックなイメージしかないから。
ますます楽しみ!
木のドアをギィと引く山本さんに着いて、俺も店の中に入る。
「いらっしゃいませ!山本様、お待ちしておりました。お席までご案内致します」
レストランの店員さん独特のユニフォームを着た、すらっと背の高く、黒い髪の毛をびしっと後ろに撫で付けるようにセットした男性店員に挨拶された。笑顔になると目が猫のように細くなり、絵に描いたような素敵な笑顔だ。
白くて、シェフが着ているようなボタンがシャツの右側に縦一列に並んだ上着。(コックコートってやつだろうか)黒くて膝くらいまであるエプロン、黒くかちっとプレスされたのがわかるズボン。
ユニフォーム姿ってすごくかっこいい。
俺が働いているカフェは、いつもジーパンにエプロン、キャップだけだからなぁ。ちょっとこういうカチッとしたユニフォーム憧れる。 まぁ、背の低い俺が着たら、ちんちくりんなのかもだけど……。
キョロキョロと店内を見回す。
白い壁で統一された店内、柱には外壁と同じような白いレンガがはめこまれている。白い壁を一層映えさせる原色の色づかいの絵画、本物なのか、レプリカなのかわからないワインボトルも木の棚の上に程よい間隔で飾られている。
センスがいいなぁ。
木枠のボードにはオススメメニューの一覧や、ワインリストがイタリア語?と日本語で書かれている。
所々にさりげなく飾られている緑の植物。
植物に疎くて名前がわからないのが残念だ。
可愛い、こんな雰囲気のカフェなんて、いいなぁ。
目に焼き付けておこう。
「山本様、こちらへ……っ!?」
ドアの所にいた人と、また違う店員さんが、席まで案内してくれるらしい。
木目調の綺麗なテーブル、同じく木で出来た椅子。
席は10席ほどで、もうすでに半分ほど席は埋まっている。楽しそうに食事をするお客さんのテーブルに所狭しと置かれたお皿から、ニンニクの良い香りがして、お腹がまたぐぅぅーとなる。
は、恥ずかしい。
「ん?席どこに座ればいいかな?」
山本さんが店員さんに尋ねた。
あぁ、早く美味しいご飯食べたい!
やっぱりパスタかなぁー。
「っ、し、失礼致しました。こちらの窓側のお席へ、どうぞ。コ、コート、お預かり、致し、ます」
え……
え……
……この、声……!?
あまりに聞き覚えのある声が聞こえて、脳内が一気にぐるぐるぐるっとかき混ぜられ、今まで封印していたはずの記憶が一気に蘇ってくる。
いや、勘違いだろう……
いや、でも、でもっ!!
その声のする方をパッと見る。