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第61話 再会①〜side陽向〜

『それじゃあ、9日の18時半に田⚪︎駅の西口で待ち合わせしようね』


数回のメッセージのやり取りの後、

山さん……という方との会う日にちが決まった。


メッセージの雰囲気だと、すごく優しそうな感じだ。

よかった……。


9日。今度の月曜日だ。

……月曜日、か。

もし、あのまま、秋斗さんに彼氏がいることをわかっていつつ、気持ちを隠し通す自信があったのなら

まだ、月曜日は秋斗さんと2人きりで過ごせる曜日、だったのかな?


あの日以降、月曜日が憂鬱で仕方なくなった。

月曜日の仕事終わり、東口の、あの柱の所を通り抜ける自信がなくて、

わざわざ南口から遠回りして帰っている。

他の曜日はなんともなく、いつも通りに東口を通れるのに、俺は月曜日の呪いにかかってしまったみたいだ。


はぁ、

バカみたい。

いるわけないじゃないか。

……だけどっ、

だけどもし、もしも、秋斗さんが、そこで、今まで通りに、待っていてくれたら?

俺はどうする?

どうしたらいい?

やっぱり、秋斗さんが好きだ!

抱いて欲しい!

とでも言うのだろうか……?


とあれから、何度も何度も自問していた。

もちろん、答えなど出ていない。

だから、今も前に全く進めていない。

心は9月3日のまま止まってしまっている。

だから、

気持ちに整理がつかない限りは、月曜日には東口へは行かない。そう決めた。


我ながら、自惚れすぎだよな。

自分から関係を切った相手が

自分のことを待っていてくれるはずもないのに。


でも、でも、

この山さんとの出会いをきっかけに、月曜日の記憶を塗り替えていきたいんだ。

俺にとっては、秋斗さんを忘れるための、大きな一歩なんだ。




「よっしゃー!!17時閉店最高っ!!のーむぞーー!」

店長の二宮さんが大きくのびをする。

17:35 店の片付けがほぼ終わった。

今日は従業員研修と称して、17時閉店だ。

まぁ、本当は系列店との忘年会も兼ねた交流会なんだけど。


心なしか、二宮さんも長谷川さんもいつもより目が大きい気がする。

女の人ってすごい。メイクで目の大きさまで変えられるんだな……。

「今日、ひなちゃんは来れないんだよね?」

パソコンで1週間の売り上げ報告を確認していると、

いつものスニーカーとは違う、キラキラとした底の高い靴(なんだかとっても歩きにくそうだ)を履く長谷川さんに聞かれた。


「はい、すみません……」

「なになにっ!謝ることじゃないってー!!でもさ、またうちらだけで、飲み会しようね!お疲れ様会っ!ね!」

後ろで一つ束ねていた茶色くくるくるとした髪の毛を下ろして、シュッと何だか良い香りのするスプレーをかけている。

んー、女の人って大変だ。

飲み会のたびにこんなにお洒落しなきゃいけないのか……。

男でよかった……

「はい、ぜひ、お願いします」

よし、今週のローストビーフベーグルの売り上げはベーグル内でトップだ。

良かった。

ホッとして、ぱふんっとパソコンを閉じる。


「それじゃ、お疲れ様です。また水曜日に」

ピンクのドロっとしたリップ?を小さな鏡を見ながら塗っている二宮さんにも挨拶をして店の手動に切り替わった入り口ドアを開ける。


今日は、東口でも、南口でもない。

改札だ。

一駅だけど田⚪︎駅にいかなくちゃ。


普段、電車なんてほとんど乗らない。

花⚪︎駅周辺は本当に便利で、駅近くで全ての生活必需品が揃う。

そんな場所だからこそ、両親も俺の一人暮らしOKに踏み切った理由の一つだったみたいだ。

だから、電車でどこかに出かけるなんていつぶりだろう……


……あ、……秋斗さんとケーキを、食べに行った、以来かぁ……。

ま、またっ!!


もう、俺!

本当いい加減にしよう。

今日は、これから、山さんに、会うんだから。


もう、秋斗さんのことは、忘れるんだから……!


頭を振って、秋斗さんのことをふるい落としてから

ピッ、ICカードをタッチして改札を通り抜けた。





指定された田⚪︎駅に着いた。

「初めて来たかも、田⚪︎駅……」

まだ約束の時間まで20分ある。駅中のショップ、少し見てみよう。

駅構内の地図を見てみると

花⚪︎駅ほどではないが、駅内にいくつかの雑貨やさん、お花屋さん、カフェ、スーパー、お惣菜やさんなど生活に便利なお店が入っていることがわかる。

「カフェで時間つぶすのも、ありかなー、でも、山さん、夕飯一緒にって言ってたから……とりあえずカフェオレとかだけ、飲もう……。」


仕事終わりで、お腹はぺこぺこだ。

ついうっかり、看板の写真のサンドイッチに目が奪われる。

だめだめ、我慢。

山さん、おすすめのお店って、どんな所だろう……


あっ!というか、待って……。


30代の人が行くお店って……!

ま、まさかきちんとした服じゃなきゃダメな店かな!?

やば……、俺いつものジーパンとパーカー、もこっとしたコートなんかで来ちゃったけど……

ど、どうしよう。

もし、そういうきちんとしたお店だったら……そしたら居酒屋とかにしてもらおうか……でも、やっぱり、キャンセル料とか、かかっちゃうんだよね!?

うわー、聞いておけばよかったよー。


そわそわしてしまい、結局カフェオレなんか呑気に飲んでいる気分ではなくなってしまった。

早いけれど、西口へ向かうことにした。


18:16 まだ、いないよ、ね。

西口の階段をゆっくり降りていくと、

降り口に黒いお洒落な形のコートを着た、眼鏡の男性が立っていた。

じっと分厚い本?ノート?手帳?を眺めている。

まさか……あの人?

もう、来てる?

階段を降りきり、そっとその男性に近づいてみる

「あ……、あのぉ」

その人は、驚いたように顔を上げた。

「わっ、……ん?き、きみ、もしかしてHINAくん?」

「は、はいっ……」

返事をすると、眼鏡の男性はにこっと優しく微笑みかけてくれた。


「す、すみません、お待たせ、してしまって、ました?よね?」

「ううん!僕は仕事、思いの外、外回りが早く終わっちゃっただけなんだ。でもHINAくんに会えるのが楽しみで仕方なくて、待っている時間も楽しかったよ!HINAくんこそ、まだ全然時間前じゃない。あーでも早く会えて嬉しいよ!」


綺麗に光る黒い革靴、濃い灰色のスラックス、黒いコート、眼鏡、髪は綺麗に左右分けにセットされているが、なんだか堅苦しくない、絶妙な髪型だ。

なんだか、デキる男って感じだけど。

やっぱり、スーツ、着てる……

俺、店に入れるのかな……。

「あ、あの、すみません、山さ、ん。」

「あははっ、山さんってごめんごめん、本名は山本っていいます。下の名前は武士の武で、たけし、だよ。 もーさぁ、山さんって、変だよねー!あのサイトさ、名前の変更できなくてね。 最初の登録するとき、本名はダメだから何か、何か名前考えなきゃっ!って考えに考えた結果!山さん!もうセンスなさすぎでしょー?こうやって会う人に毎回『山さん』って呼ばれてしまって恥ずかしくてねー!」


笑顔が絶えなくて、すごくフランクで。でも、馴れ馴れしくはない、優しい感じの話し方をする人だ。

営業の仕事をしているといっていたけれど……さすがだ。

話しに引き込まれていく。


「だからさ、HINAくんも好きに山本さんとか、山本っち、とか、たけしくんとか、おいたけしーー!とかっ、気軽に呼んでね。『山さん』は、もう恥ずかしいから勘弁でー」

さすがだ。

初対面の俺でも山本さんの名前を気軽に呼びやすいよう、色々なパターンを出してくれている。


「ふふふ、面白いですね、えっと……じゃあ、山本さ、ん?で。良いですか?」

「うん、もちろんだよ!って、ごめんごめん、何かHINAくん言いかけてたよね?ごめんよ、僕、話し始めるとこんな感じで、おしゃべり止まらないからさー。うるさかったらうるさい!って遠慮なく言ってね!それで?HINAくんのお話、どうぞっ」


山本さんと自分の服装が釣り合っていなくて、急に恥ずかしくなる。

「えっと、今日の食事の場所……って。あの、俺、いつも通りにジーパンなんかで来ちゃって……だ、大丈夫かなって……」

「大丈夫大丈夫だよっ!今日のお店、僕のお気に入りの創作イタリアン、トラットリア・シライシっていう店なんだけどさ、

料理はかなり美味しいんだけど、カジュアルな感じのお店だよ。トラットリアって恥ずかしながら、僕知らなかったんだけど、イタリアでは家庭的な料理を出すレストランらしいよ。 ファミレスでもなくて、高級レストランでもない、だけどちょっと良い雰囲気って感じかな」


な、なるほど。

山本さんの弾丸トークを聞きながら、ふんふんと頷く。勉強になるなぁ。さすが大人の男だ。


「それなら、良かった、ありがとうございます」

「うんうん、何だか心配させてしまってごめんね?僕が最初に伝えておけば良かったよね。というかさ!今さらなんだけど、HINAくん!すっごい可愛いね!って男の子に可愛いは失礼か、な。でも、でもさ、本当目もくりっとして、肌もこれ、ファンデーションとか塗ってる?え、塗ってない!?すごく白いよね!もしかして何か芸能活動とかしてたりする??いやぁ、声かけられた時、びっくりしちゃったよ。」


な、なにを言われているのか、よくわからない。

芸能、活動?芸能?って、え?テレビとかの?

ま、まさかっ、俺なんかと真逆の世界の話だ。

あまりに想定外の質問で、なんて答えたら良いのかもわからずぶんぶんと頭を振るしかできなかった。


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