「いや、何も、俺はしたつもりはなかったんですけど……。告白しようとした日に。もう会うのやめるって。好きな奴がいるって。でも最後にセッ……っと、その……そーいうことは、したいって。俺、性欲処理道具だったみたいっす。笑えますよね」
「いいい、いや、そんな感じじゃなかったろ、お前から聞いた雰囲気だとさ。なんか純情そうで、お前のこと大好きーって感じだったろ?……って、そう見せかけた実はビッチだったってこと?とっかえひっかえしてたんかな?いや、そーじゃなきゃ、マジで意味わからん。」
今度は俺の空になったグラスに、日本酒を並々と注がれた。
「い、いや、多分、初めては初めてだったと思うんですけど……その抱いた感じとか、本当に経験ないのは、わかったんですけど、いや、まさか好きな奴いるって言われるとは……俺アホみたいに地味にダメージくらって。まぁ、仕事があって良かったです。なかったらマジ引きこもりになってたかも……」
酒のせいだろう、勝手にぺらぺらと口が動く。
こんなみっともねーところ、弱みを握られるようで、話したくもないはずなのに。
「好きな奴って……誰だったんだろな?お前にぞっこんなイメージだったけどさ。ま、お前から聞いた雰囲気ではだけどさ!? ……ああっ!そ、それか!煮え切らないお前に痺れを切らして、カマかけたとか?それをお前が間に受けちゃって、ひなたちゃんも引くに引けなくなっちゃったんじゃねーか? じゃなきゃ色々おかしいだろーよ。な、連絡してみろよ!な、貸せ!スマホ!俺が聞いてやる」
俺の後ろに置いてあった黒いショルダーバッグを勝手に漁られる。
「ちょっ、まじ、やめてくださいって!これ以上、傷、抉んないでもらえますか?」
「……そ、っか。いや、秋斗も、なんか柔らかくなって、すんげーいい感じなんだとばっかり思ってたからよ。ここ最近の通夜具合で、喧嘩でもしたのかと思ってたけど……いや、まさか、……そっか、いや、何か俺が勝手に盛り上げちまった感も、あるから、ん、なんか、ごめんなー」
いつもべらべらと喋る高橋さんが
珍しく目も合わせず、目の前の平皿に乗った、焼かれていても尚、ぷりっと新鮮さがわかるレバーにレモンを絞った。
「ま、また、いい出会いがあるからよ。まだ秋斗23とかだろ?」
「はい、……ま、もう、当分、もう好きとかなんとか、そーいうの、もういいです。こりごりしました。」
もう、何でも良い気分になって、目の前のグラスをさらに一気に喉に流し込んだ。
カッと喉が熱くなる。
シラフではありえない。こんなやばい飲み方。
でも、今日ぐらいは、全部忘れて呑んでしまいたい。
あぁ、
どれほど呑んだのだろう。
「もーのもぉぜー!のもー!!なぁ、あきとーー!」
どんっと、目の前に置かれた二本目の一升瓶が半分ほどになったのを「あー、このペースやべぇな……」
と思い、出汁の効いた分厚くカットされたアーサの卵焼きを一口で口へ突っ込んだ。うわ、うんま。
それが、今日最後の記憶だった。
――――気がついたら、家の玄関だった。
げ、俺どこで寝てんだよ。
玄関に置いてあったサンダルを枕にするようにして眠っていたみたいだ。
慌てて身体を起こすと、視界がぐらんと揺れる。
「うえっ……、気持ち、わり……」
最悪だ。
こんな飲み方、初めてだ。
這うようにしてトイレに向かう。
「…げほっ、……っはぁ、おれ、何、してんだろ、アホだ……」
吐いても吐いてもさらに気分が悪くなる。
はぁ、このまま、トイレに流されちまえばいいのに、
俺なんて。
吐くものももうなくなり、足にはまったく力が入らず、立ち上がることもできない。
気持ち悪すぎて勝手に出てくる涙をトイレットペーパーでごしごしとぬぐう。
赤ん坊みたいに膝をついて這いながら、やっとでベッドへ辿り着いた。
うわ、朝……?嘘だろ……。
カーテンを閉めてもいなかった窓から、キラキラと憎らしいほどに眩しい陽が差し込んでいた。
最悪、まじ……
今日一日、寝とこ。
ガンガンと痛む頭、ぐるぐると回る視界、気持ち悪さの消えない腹を抱え込むようにして、
必死に目を閉じた。
なぁ、陽向。お前、今、何してんだ?
好きな奴とちゃんと付き合えたか?
毎日、幸せに笑ってるか?
そいつには抱かれたのか?
あの真っ白な肌をそいつにも触らせたのか?
俺が教えてやったろ?気持ち良い所。
そいつは優しくお前を抱いてくれているのか?
そいつに抱かれながら、少しでも俺を思い出したり、したか?
陽向、陽向……。
陽向が、幸せなら、まぁ、もうそれで、いいや。
「おはようございます!今日のディナーゲストの確認です。」
坂口さんが手帳とiPadの一件チグハグな組み合わせを交互に見ながらミーティングが始まった。
もう酒なんか2度と飲まないと誓ったあの日から2週間だ。
あっという間にもう12月。気がついたら12月の1週目も一瞬で過ぎ去っていた。
日々のハードさで、だいぶ疲れも溜まってきた。
でも、今日頑張れば、明日休みだ。踏ん張ろ。
坂口さんが18時からの予約のお客様の情報を順にスタッフ全員へ伝えていく。
それを、いつもサロンの内ポケットに入れている小さなメモ帳に情報を書き入れていく。
「えー、次に、19時から、山本様。1ヶ月一度、空いても2ヶ月に一度ぐらいの間隔でコンスタントにいらして下さっていますので、ホールメンバーも一度はお会いした事あると思います」
「あー、あのメガネのスーツの方ですよね!?仕事できます系の!」
足の骨折もすっかり治り、今ではフットサルチームにも復帰しているらしい賢太が手を挙げながら坂口さんの話に入り込んだ。
「そう、賢太、正解。その方が今日いらっしゃいます。えーと、山本様は基本的にフレンドリーで、どの料理に対しても良いコメントをくださり、オススメしたメニューを試してくださったり……お酒も料理と一緒に楽しまれる方ですので、単価もかなり上げて下さっています。 とても良いお客様なのですが……んー注意点というか、配慮点として上げるとすれば、いつもお連れ様が違っていて、会話の雰囲気から、恐らく……これはぼくの主観も入るのですが、会話ややり取りの雰囲気を聞きますと、まだそんなに親しくない方を、こちらの店に誘ってきている、といった雰囲気ですね。お連れ様が皆様男性なので、恐らく、そういう……うん、感じなのだと。まぁ、これはもちろん山本様に直接伺った話ではないのですし、プライベートな事ですので、そう言ったことを勘繰ったような会話や前回のお連れ様の話など、色々と探りは禁物で。」
「え!それってとっかえひっかえなホモってことっすか!?」
賢太があまりに大きな声でそのワードを言ったため、身体がぴくっとはねた。
「こら!賢太。そういうお客様のプライバシーに関わる事は濁せ。察しろ。それがホールの仕事だ」
「はーい、すみませーん……確かにいつも男の人相手に山本様が全てお支払いしてますもんね」
ふーん、出会い系で会ったばかりのやつと、セックスする前の腹ごしらえってとこか……。田⚪︎駅近辺も結構ラブホあんもんな。
山本様、結構柔らかそうな物腰なのに、ヤルことはヤッてんのか。見かけによらねぇな。
高校時代まではゲイなんてこの世に俺だけかと思っていたが、意外と身近にも俺と同じような性的嗜好な人間がいると出会い系をしてからわかった。
それだけでも社会に出た意味があったな……。
それこそ陽向なんて、職場も家も近……
って、また陽向のこと……。俺、いい加減にしろよ。本当にもう。
「……で、続いて、山本様がお好みのワインは……」
坂口さんからベラベラと出てくる膨大な顧客情報をメモしながら頭に叩き込んでおく。
席は10席程度の店だが、常連様はゆっくりとしていかれることが多いので、
いつまでも気が抜けないんだよな。
ミーティングも終わり、仕事中には水分摂取すらできなくなる。バックヤードの従業員用冷蔵庫に入れていた水のペットボトルをぐいっと飲み干す。
先程メモしたばかりのお客様の好きなワインの種類を確かめながらワインセラーの在庫を確認する。
頼まれた時にすぐに出しやすいように、ワインの名前を書いたメモをこっそりワインセラーの棚に貼り付けた。
やはりお酒に興味がないからか、ワインの名前がなかなか覚えきれない。なんなんだあのカタカナがずらずらと並んだ名前は……。
しかし、仕事だ。そんなこと言っていられないから無理やり頭に叩き込みつつ、メモは欠かせない。
……よし、OK。
さぁ、開店だ。
「では、オープンしますよ、皆さん今日もよろしくお願いします!」
高橋さんたちシェフの方も厨房から手を挙げて合図をした。
坂口さんが入り口ドアのブラインドを上げる。
「いらっしゃいませ!」
店中にスタッフ達の普段より高い、仕事用の作り声の挨拶が響いた。