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第57話 最悪な日①〜side秋斗〜

「おーつかれーーー!!」

「かんぱーーい!!」

「っぷっはぁー!うめー!」


今日は、俺の働いている

trattorìa SHIRAISHI(トラットリア シライシ)の忘年会だ。

忘年会といっても今は11月最後の月曜日。

12月からはクリスマスランチ、ディナー月間となり、とんでもなくハードになる。

すでに12月の予約表はほぼ空きがないほど

びっしり埋まっている。

毎年、12月はオーナーの気遣いで、基本的に常連さんしか受け入れないらしい。

予約管理は坂口さんがやってくれている。高橋さんと同期でここで働いて5年目……だけど見た目は俺と大して変わらなくも見える、年齢不詳ないつも笑顔の絶えない男性だ。

坂口さん、この人、かなりの凄腕ホールリーダーだ。

常連さんの顔、名前はもちろん、好み、頼まれたお酒の種類、反応の良かったメニュー、お連れ様の好みまでもがほとんどが頭にはいっている。

坂口さんの仕事用の手帳をちらっと見せてもらったことがあるが……これがプロの仕事か……。と驚くほどの情報量がびっしりと書き込まれていた。

社会に出てみて、ますます自分の取り柄のなさを身に染みて感じる。

だけど、それが逆に自分の目指す所……仕事のやりがいとして、こんな生きる希望もなかなか持てない世界での、生きる意味となっている部分もある。


ゲイで、今まで1人で生きてきて、取り柄も、趣味も何もなく、やっと本気で好きになったやつには、こっぴどく振られ。

仕事に必死になっていなければ、生きている意味や価値さえも失って、生きることをやめてしまいたくなる。

仕事に行くために起きて、仕事のためだけに必要最低限のものを食べて、毎日の楽しみだったゲームすらもボロ負けばかりで、しんどくてクローゼットにしまいこんだ。

だけど仕事のおかげで、なんとか生きてる、と言っても過言ではない2ヶ月半だった。



来週からの12月、店は常連さんだからこそアットホームな雰囲気にはなるが

だからこそ、凡ミスなど許されない。

坂口さんのデータがかなり重要になってくる。

『なんなら新規さんの方が楽だよね。』と坂口さんはけらけらっと笑いながら言っていた。

俺よりも少し背は低く、ちょっと猫みたいなツンっとした雰囲気なのに、

話すとふわっと綻ぶような笑顔になる。

だから常連さんの中、特におばさま方には彼のファンも多いらしい。

俺にはよく、わからないが……これは高橋さんから聞いたどうでもよい情報だ。


そういうわけで、呑気に12月に忘年会などやっていられないので

毎年11月に忘年会を行うのが通例となったらしい。


大学生でバイトしていたころは、さすがにきちんと時間で帰してもらえていたが

12月のスタッフルームの栄養ドリンクの山、オーナーからの大量の甘味物の差し入れの山で溢れかえっていたのを見て、

どれほど社員はこの時期がハードなのかとぞっとしていた。それが今年は自分が社員側として店をまわさなければならない。

坂口さんに、色々とアドバイスもらおうかな……

向かいに座る坂口さんに声をかけようとした。


「うぉーい!!秋斗!飲んでるかー!?」

日本酒の一升瓶と、琉球ガラスというのか?綺麗なすりガラスの丸っこい水色のグラスを手に持ち、高橋さんが隣にずんっと座ってくる。

げ……。うぜぇのに捕まった。

「秋斗は日本酒のめっか?これ、うめーぞ、ほれ、グラスよこせ」

「えっ、日本酒って、あのちっちゃなやつで呑むんじゃないんですか?」

空いたばかりのビールジョッキに日本酒を注がれそうになり、あわててグラスの口を手で塞いだ。


「あ?お猪口か?あーーんなちっけぇのじゃ、注いでる時間がもったいねぇだろーほれ、このグラスやるよ。……あっ!おねぇーさん!もう一個、こんなグラスくださーい!」

通りすがりの店員に声をかけながら、持ってきた水色のグラスを渡される。

「あははー!秋斗くんつかまっちゃったねー!高橋くんに酒飲ましたら、もー、朝までコースだからねぇ、覚悟しなきゃねぇー!」

ケラケラとウーロン茶をストローで啜りながら、目の前の坂口さんが楽しそうに笑う。完全に他人事だ。

「坂口は酒飲まねーからなー、ってわけで、秋斗!お前に聞きたいこと、山っほどあんだけど!……最近俺のことずっと避けてるよな?俺とお前の仲なのに、何も言わずにって酷くね?」

えっ!?と驚いた顔で坂口さんが身を乗り出してきた。

「え?秋斗くんと高橋くんって何?お付き合いでもしてたのー?」

「んなわけあるか!!」「んなわけないです!!」

見事に声がはもってしまった。

「あははっ!やっぱりねー君たちってどこか似てるよ。うん、ぼくが言うんだから間違いない。ふふっ。特に頑固な所が、ね!」

坂口さんは楽しそうに笑いながら、目の前の生春巻きをとり、スイートチリソースをたっぷりとまとわせる。


「おいおいおーい、俺のどこが頑固だっての?こんなに優しい男、なっかなかいねーだろ?彼女ができないのは、仕事のせい!俺が本気出したら、そこらじゅうの女の子がついてくるぜ?」

「ははっ、高橋さんの本気、見せてもらいたいですねー。」

バシッ!っいってぇー、頭ひっ叩かれた。


「んなこたーどーでもいい。なぁ、ひなたちゃんは!?お前、ひなたちゃんはどーしたんだよ?ここ最近……もう2ヶ月くらいになるか?もー、毎日通夜か葬式かってくらいお前やっばいけど。告白すんじゃなかったのかよ?結果は?続報お前何も言わねーから、優しい俺はずっと心配してんだけど?」


「……それ、話さなきゃ、ダメ、ですか?」

目の前に焼き鳥が5本並んだ皿がどんっと置かれる。

「おっ、せんきゅー、ほれ、ここの焼き鳥、うめーから、ま、秋斗も食え。」

「はい……」


渡された串に刺さるもも肉の1番上の部分を口に頬張る。

確かに、かみごたえある大きなもも肉は噛めば噛むほど肉の旨みが口いっぱいに広がる。

これは、最高のツマミになりそうだ。

高橋さんが持ってきてくれた水色のグラスの中身をぐいっと一気に飲み干す。

鼻に抜けるアルコールの香りを感じながら、もう一口、もも肉にかじりつき、串から引っこ抜く。

弾力のある肉を飲み込んだと同時に、

どーでも良い事な感じを装って話し始めた。

「ふぅ……、俺、振られたんすよ。こっぴどく」


「……は?……えっ!?えぇっ!?な、なんで、いや、え!?マジか!?は!?いや、ええっ……ちょ、びっくりなんだけど……え?いい感じだったろ?……な、なんで?お前、なんかしたんか?……っうっわ!っ!溢れたっ!もったいねっ!」

店員が持ってきてくれた、赤いすりガラスのグラスに

高橋さんが注いでいた日本酒が見事に表面張力の限界を超えてテーブルに溢れ出た。

高橋さんの動揺っぷりがあまりにおかしくて

何だか、全て話しちゃえば楽になりそうな気がしてきた。


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