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第55話 会いたい①〜side陽向〜

秋斗さんに

さよならを告げてから2ヶ月半が経とうとしていた。




ハロウィンでオレンジ、紫、黒で統一されていた駅内の店舗の装飾はいつの間にか取り外され


街には少しずつ

鈴の音が流れ始め、改札の入り口にも大きなクリスマスツリーが足早に行く人々の足を止め、

赤や緑、金色に駅全体が装飾され、とてもキラキラとしている。

毎年、この時期になるとなぜだかわくわくと心躍る。



サンタなんて、とっくに信じていないし、

クリスマスはもちろん仕事だ。

出かける人が増えるため、店も忙しくなる。

もちろん俺には、

一緒に過ごす恋人どころか、パーティに誘ってくれるような友だちもいない。


それなのに、このクリスマスムードな街を歩いていると

足取りが軽くなる。そんな何だか不思議な感覚だ。




やっと、やっと、ここ最近、クリスマスムードのおかげもあってか、

前を向けるようになってきた。



毎日秋斗さんを想い出してしまい、仕事中でも、家にいても、ポロポロと勝手に涙が溢れてきてしまう

心が制御できないほどおかしくなっていた日々は

やっと乗り越えられた気がする。



 秋斗さんにさよならを告げた9月3日から1週間……熱を出してしまい、仕事に大穴を開けてしまった。

1週間ぶりの出勤……。申し訳ありません!と泣きながら頭を下げる俺に、二宮店長は何も聞かずに「うん、来てくれて良かった。また、ね、一緒に頑張ろ?」

と言ってくれた。


きっと、きっと秋斗さんとのこと、気がついているんだろう。

プライベートのことなのに、こんな風に仕事にも穴を開けてしまった俺を、

こうやって支えてくれる人が俺にはいてくれるんだ。

その人の期待を裏切る事のないようにきちんと前に進まなくっちゃ。



HARE caffeのショーケースも11月の上旬からクリスマスの装飾がされ、約2ヶ月近くのクリスマスイベントとして、特別メニューを展開している。

クリスマス特別メニューのツリー、サンタ、スノーマンのアイシングクッキーや、クリスマスカラーマカロン、

マフィンにもツリーのようにカラーチョコチップやクリームで飾り付けされている。

お持ち帰りメニューとしてもかなり売れ行きが良い。

そして、

すっかり店の看板メニューになったベーグルもクリスマスバージョンになりホワイトチョコを練り込んだ生地と、抹茶、ストロベリーの生地をリース状に編み込んだ、クリスマスベーグルが若い女性客に人気だ。(SNSでお客さんがアップしてくれたらしく、予約注文が入るほどだ)

 ランチ時には自家製マヨにまみれたターキーサンドベーグルと、

黒胡椒とハーブの香りが効いたソースと、スライスオニオンたっぷりの大人のローストビーフベーグルがとても人気だ。

店長は「なんだかウチ、どんどんベーグル屋になっていってない!?ま、社長は売り上げいいもんはとことん売れるうちにやっとけー!時期が少しでもズレたら、全く売れないなんてことは、この業界あるあるだからね!って言ってくれてたからいいんだけどさー!」と笑っていた。

ベーグル屋……確かに……とは思ったが

もちろんそのメニューに合わせたオススメドリンクのチョイスも、お客さんへ宣伝している。


ローストビーフベーグルは俺が試作品を出したものが商品として通った。

案が通ると給料が手当てとして5000円アップして、本来なら大喜びなのだが……正直、複雑なんだ。


クリスマス商品会議をしたのは10月の始め。まだまだ心がぐらぐらしてしまって、つい、秋斗さんを思い出して、胸がぎゅっっと握りつぶされてしまいそうな痛みがずっとあった頃だ。


「クリスマスクッキー・マフィン・ベーグルの新商品を従業員皆様から募集します!正社員、パート、バイト関係なく、ぜひともHARE coffeeのショーケースを皆様で賑わせて下さい。10月5日に商品会議を行います。イラスト案でも、実際の試作品でもかまいません。できればレシピありだと商品化する際に助かります!(社員の方は大まかな原価計算をして頂きたいです)よろしくお願いします」

と、

HARE caffe従業員のグループにメッセージが送られてきたのは、熱を出して、寝込んでいた9月5日だ。


社員として、商品案を出すのは仕事のうちだ。

何か、何かあるかな……。

ぼおっとする頭を抑えながら、考える。

そうだ、うちのお客さん、女性客がほとんどだから……

甘いのが苦手な…………男の人もコーヒーついで、待ち合わせついでで、つい何度も通って、食べてくれそうな

そんなのがあったら、いいな


それは、甘いのが苦手な秋斗さんを思い浮かべながら、商品案として出してしまった『クリスマスデートなどで来店の際に甘党以外の方にも(特に男性)リピーターさんになってもらえるように狙った商品』とタイトルをつけたものだ。

こんなぐらぐらな心で作ったもの、通るわけがない……と、ダメ元で商品会議にレシピと共に、試作ベーグルを出した。



それが、良いのか、悪いのか、腹ペコで会議をしていた従業員みんなに好評で……

商品化されることとなった。

……でも、やっぱりやめておけばよかった。

このベーグルを見るたびに、作るたびに

甘いのが苦手な、あの人を思い出して仕方ない。


このベーグルを食べてもらいたい人が

この店に来る事なんて

もう2度と、ないのにさ。


馬鹿だな。俺。

もう、とっくに終わったのに。

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