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第51話 さよなら⑤〜side陽向〜

ザーーーーーーザーーーーーー

外は本降りの雨だった。

傘なんて持ってない。だって来る時は晴れてたし。


いいよ、もう。

このまま、全部全部、全部流してくれたら、いい。

ぴちゃっ!

家に向かって、歩き出す。振り向いたりしない。

ちゃんと、前に進むんだ。



さよなら

さよなら……、秋斗さん。

俺の、初めての人。





 ぴちょ、ぴちょ、ぐちょ。

肌にシャツもジーンズも張り付いて気持ち悪い。

靴の中も歩くたびにじゅわっと水が足にまとわりついてくる。

 急ぐ気にも、駅前のコンビニで傘を買う気もならなくて

15分くらいザーザー降る雨の中をぼーっと歩き続けた。

やっと、自分のアパートだ。


鍵……鍵。

絞れそうなほど雨水を吸ったトートバッグを探る。


「ん?なに、この袋?……」

自分では入れた覚えのない紙袋らしきものが入っている。

でもそれはぐっしょりと雨水を吸っていて、下手に触ったら破けてしまいそうだ。


ガチャ……

はぁ……。着いた。

どうしよ。玄関で、全部脱いで、お風呂直行だ。


さっきの紙袋、なんなんだろう。

玄関ドアに寄りかかったまま、ずっしりと濡れて水を含んだ紙袋を、破れないように慎重に取り出す。


……!!?

紙袋に付箋が貼られていた。

雨で滲んでしまっているが、油性のボールペンなのだろう。かろうじてその文字が読めた。

『いらなかったら捨てて』

え?

秋斗さんの、字、だよね?

……なんだろう。

紙袋に守られて、少し湿った程度の包装された手のひらサイズの物を取り出す。


ぽた、ぽたっ、髪の毛から垂れた雫が小さな包装紙を一気に濡らしてしまった。

濡れて柔らかくなった包装紙をほぼ破るように外す。

なにこれ……。


手のひらの中に現れたプラスチックの透明なケースの中に、

どこかで見たことのあるとても小さなピンクゴールドのリングが玄関の電気に反射して、綺麗に光った。

え……、

ケースをひっくり返すと、シャフトとキャッチ。

ピアスだ、これ。


ピンクゴールドのリングピアス……

覚えてる。

忘れるはずもない。

あの、ケーキを食べに連れて行ってくれた後に行った、あのお店のやつだ。


これって……秋斗さんがつけていた、黒いリングとお揃いの?

え、

え……?

え?

ど、どういうことなんだろう。

え……。

もう、わからない。

これ、彼氏さんにもあげたやつじゃないの?

わかんない、わかんない。

彼氏さんがいらないっていったから、

俺に?


もう、わかんない、わかんないよ。


秋斗さん。

秋斗さんはどんな気持ちで

これを俺のバックへ入れたの?

いらなかったら捨てて……って

元々、

俺にくれようとしてたの?

でも、くれるには高いピアスだ。

たしか9000円近くて、俺諦めたやつだ。


 なんで、なんでそれを?今?

こんな日に?


もう、わかんない。

何も、考えたくない。



もう、終わったんだよ。

こんなの、最後に、やめてほしい。


これを見るたびに

あなたを思い出してしまうじゃないか。



「わあーーーーーーー!」

湿った紙袋に乱暴にケースをつっこみ、

ぐちゃぐちゃっと握りつぶす。


いらない、いらない!こんなもの!

捨てる、捨ててやる。

もう、忘れるんだから!全部、全部っ!!!

玄関から薄暗い廊下にむけて紙袋を思い切り放った。

ぐちゃ。カツンッ!

濡れて湿った音とプラスチックの当たる音がした。


……!

…あっ、あっ……、

え……あ、ど、どうしよう……

……やだ、……ピアス、壊れちゃった!?

あ、俺……待って、やだ、

だめ、だめ……これは……これは…………


慌てて靴を履いたまま廊下を這い、その紙袋の中から、大切なケースを取り出す。


よかった。

あぁ、よかった。

先程と変わりなくケースの中で光るリングピアスを胸に抱きしめる。



ぽた、ぽたっ、ぽたっ

雨水なのか、俺自身から溢れているものなのか、

もうわからない、

う、う、うううう、

うわぁーーーーー、うわぁーーーーーーーー!!!!


もう、我慢しなくていいよね、

誰も見ていない。


廊下にうずくまったまま、まるで小さな子どものようにわんわんと大声で叫んだ。


秋斗さん、秋斗さん、秋斗さん!

大好きだった人……

このピアスをつけられる日なんて

来るわけがないけれど


あなたと出会えたという証にして、

これから、これから、頑張っていこう、

ちゃんと、前に進んでいこう。

好きな人がいる人を、好きになっちゃった自分がいけないんだ。

もう、こんな間違いはしない。

だから

いつか、また、いつか、偶然会えたその日には

胸を張って、俺幸せです!って言えるように……



でも……


でも、

でも……


痛いよ

胸が、身体が、全部、ちぎれちゃいそうなくらい

痛い、苦しい。

誰か、助けて……



うううっ、うっ、秋斗さん、うっ、ひっく、うぅーーー、うっ、ぐすっ、ううっ、秋斗さんっー!



廊下が水たまりになるのも、身体が芯まで冷え切っていくのも、そんなの関係なく

涙が出続ける限り、泣き続けた。


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