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第50話 さよなら④〜side陽向〜


ザーーーーーーぴちょ、

ザーーーーーーザーーーーーー


……ん、あめ……?

涼しい部屋、薄い毛布に全身を包まれて眠っていた。

雨が降ってるみたいだ。

洗濯物干さなくて良かった……

…………。

……?

……!?


……ここ、どこ……!?


はっ!っと目を開け

身体を起こそうとするが、重たくて起きれない。

なんで、どうしたの?俺?

!!!!

信じられない光景が目の前にあった。

……!!!秋斗、さん!!


目の前にあまりに大好きな人の綺麗な顔があって息が止まるかと思った。

目を閉じていて、口をぎゅっとむすび、なんだかいつもより少し幼く見える。

初めて見た、秋斗さんの寝顔……。


毛布だと思っていたそれは、秋斗さんの腕で、

秋斗さんに包まれるようにして眠っていたみたいだ。

え、え……!え……!?

ど、どうして!?

え?

どうしてこうなったんだっけ!?



必死で記憶を呼び戻す。



……!そうだ、秋斗さんに、俺、ちゃんと今日でおしまいって、伝えて……

秋斗さん、最後に、エッチしてくれたんだった。

そうだ、そうだよ。 記憶が徐々に鮮明に戻ってくる。

あまりに、激しくて、途中でもうわけがわからなくなってしまって、そのまま意識を失ってしまったんだ……。

や、やばい!!

今、何時……!?

最後と言った人の家でぐーぐー寝てる奴なんて、本当最低だ。

黒いテーブルの下に、置きっ放しだったトートバッグが見えた。


秋斗さんを起こしてしまわないように、そっと、そーっと腕から抜け出す。

……っうぁ、か、身体、痛い……。

全身が引き攣れるように痛い。

あんな体位でしたことも、あんなに連続で何度も抱かれ続けたことも、初めてだった。

長い間、秋斗さんを受け入れていたそこは

ひりひりとして、熱を持っている。

……自分が望んだ事だ。


秋斗さんが全身に刻まれているような気がして

嬉しくなってしまう自分が嫌だ。

こんなで、忘れられるのかな、秋斗さんのこと。


最後に抱かれたこの日のことを、

初めて会った日のこと、

初めてエッチできた日のこと、

初めてケーキを食べに連れて行ってくれた日のこと、

初めて夜中に会おうと言ってくれた日のこと……。


ぼろぼろっと信じられないほど大粒の涙が勝手に溢れて

フローリングにぽたっっと落ちる。


17:52

薄暗くなってきている部屋でスマホの画面が眩しく光った。

ベッドの上に畳んで置いてある自分の下着、ジーパンやTシャツを見つけた。

あれ、俺何着てる?

明らかに大きなTシャツとスウェットズボン。

これ、秋斗さんのだ……俺が意識飛ばしてしまったから、着せてくれたんだろうか?

沢山抱かれていた身体もべたべたしていない。

綺麗にしてくれたんだ……秋斗さん。

最後の最後まで、本当に優しい。

でもね、この優しさが、俺は辛いんだ。

無理矢理叩き起こして、もう出てけ!と言ってくれたら

どれだけ楽だっただろう。


ぎしぎしと痛む身体を動かして

服を着替えていく。

貸してもらっていたTシャツとスウェットは、畳んで秋斗さんが眠っている足元にそっと置いた。


秋斗さん。

……秋斗さん。


これで、本当に、最後ですね。


床に置いてあったスマホをトートバッグのポケットへとしまう。

あ。

手に当たった紙の感触で思い出した。

今までのホテル代を入れた封筒を取り出し、そっとテーブルの上に置く。


はぁ……。


音を決して立てないように、そっと秋斗さんの寝顔を覗き込む。

秋斗さん、

大好きでした。


たった、3ヶ月だけでしたけど、

俺、秋斗さんに会えて、優しく抱かれて、

幸せでした。



無防備な唇が目から離れない。

最後なんだから、いいよ。と頭の中で邪な悪魔が囁く。


そっと、そっと唇に唇を近づけていく。


……どうか、起きないで下さい。


秋斗さんの寝息が肌を心地よくなでる。

「……んん、」

びくっ!!!!

もう少しで触れ合えそうだったのに……

秋斗さんが反対を向いてしまった。


……そうだよね、ダメだよね。寝てる人に、もう、関係の終わった人に、こんな事しちゃ。何してんだ、俺。

正気になり、冷や汗がじわっと出てくる。


薄暗い廊下を手でつたい、音を立てずにそっとそっと玄関へと向かう。


靴を履いて立ち上がるのもよろけてしまい、靴箱に寄りかかった。

木の置物にかかっている鍵が目に入る。


あ、鍵……

でもきっと、秋斗さんももうすぐ起きるかもだから、そのままで……いいよね?


ドアノブにゆっくり手をかける。

音、鳴らないでよ?

秋斗さん、起きないで。

このまま、さよならさせて。


開けたドアの隙間から

むわっとした湿った空気と、雨の匂いがする。


「…………さよなら」


独り言をそっと呟く。


カチャ……ン。


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