平日の昼過ぎ、東口は人もまばらだ。
買ったばかりのドーナツの紙袋をトートバッグにしまいながら、いつもの柱の所へ向かう。
まだ、秋斗さんは来ていないみたいだ。……よかった。少し、深呼吸して、気持ち落ち着けよう。
はぁ……、
柱にそっと寄りかかり、スマホを見る。
12時58分……秋斗さん、そろそろくる頃かな。
通知で流れてきた天気予報をタップする。
え?……こんなに良い天気なのに、夕方からは雨マークだ。
ま、雨が降る前に、帰ればいっか。
さよなら伝えて……もし、もし秋斗さんが良かったら
最後に、抱いてもらえないかな。
なんて、図々しいだろうか。でも、俺たちには身体の関係しかなかったんだから、それくらい頼んでみても、良いかな?
無理、最後に抱いてとかキモい、とか言われたら……それはそれできっぱり諦められる。
はぁ……。
真っ青な空があまりに眩しい。
俺の心の中と真逆すぎる。
スマホの画面を暗くする。目の前の天気とは裏腹な、暗い顔の自分が映るのが嫌で、急いでトートバッグへとしまった。
はぁ……、
「陽向!!!!ごめん!お待たせ!」
大好きな声がして顔を上げると、秋斗さんが優しい顔で目の前にいた。
そんな顔やめてほしい。
好きって気持ち、隠しきれなくなってしまう。
気持ちが、揺れてしまう。
だって、だって、大好きなんだから、この人のこと。
「待った?」
「い、いえっ、今来た所です!」
いくか?と、秋斗さんが歩きだした後について歩く。
「あー、俺ん家こっから歩いて5分くらいなんだわ……一応家にコーヒーと炭酸はあるけど……陽向、なんか飲みたいのあったらコンビニ寄ってくか?ここが一番家から近いからさ」
「あっ、いえ、炭酸でも、コーヒーでも、大丈夫ですっ」
珍しく秋斗さんはハーフパンツにサンダル姿だ。
ハーフパンツからすらっと伸びた長い足に見惚れてしまう。ラフな格好も秋斗さんが着たら絵になる。
秋斗さんの足を見ながら歩いていると、その足の動きが止まり、俺の方へ向を変えた。
え?どうしたの?
秋斗さんの顔を見上げると左肩にかけていたトートバッグをひょいと取られる。
え、え?
それを秋斗さんは自分のがっしりとした肩にかけて俺の隣に立った。
「これなら、隣、歩けんだろ?……迷子、なんなよ?」
何が起きてるのかよくわからない。
え?
わけがわからないまま、秋斗さんの大きな手の平が俺の左手首をぎゅっと掴む。
「……いくぞ」
「あ、っえ、え……?」
掴まれた手首が熱い。大好きな人の隣を歩ける。こんな嬉しいことってない。
最後になんて嬉しい思い出なんだろう。
胸がぎゅっーっと締め付けられて、このまま心臓が止まってしまうんじゃないかと思うくらい、苦しい。
顔が赤くなっている気がする。身体中の体温が一気にあがり、汗が滲んでくる。お願い、今こっち見ないで。
俺、こんなんで、
ちゃんと『さよなら』言えんの?
こんな大好きな人を目の前にして。
やっぱり、好きすぎる、秋斗さんの、こと。
「すごい、駅近ですね……」
秋斗さんに手を引かれて、5分ほど歩いただろうか……
アパートの2階の一番端の部屋の前についた。
あぁ、せっかく繋がれていた手を、離され
「鍵出すから、これ、持って」
とトートバックを返されてしまった。
熱を持った左手首をそっと撫でる。
……ここが、秋斗さんと、彼氏さんの……家……。
せっかく、家の場所を知れたのに
ここで彼氏さんと一緒に過ごしているのか……
そして、ここに来るのも、最初で、最後か。
そんな部屋に入り込む勇気がなかなかでなくて、
はぁーっと思い切り息を吐く
ガチャッ
慣れた手つきで鍵を開ける秋斗さんの長い指をじっと眺めて、気持ちを落ち着ける。
いよいよ、いよいよだ。
「ん?どした?……入って?狭いけどな」
「お、おじゃま、しま、す」
玄関には見たことのある、秋斗さんのスニーカーだけが置かれていた。
彼氏さんは出掛けてるの、かな?良かった……。
秋斗さんは玄関の棚の木の置き物に鍵を引っ掛けると
すたすたとキッチン脇の廊下を歩いていってしまう。
ガチャ。
鍵をかけて、そっと靴を脱いだ。
この間に、彼氏さん、帰ってきたりしませんように……!
玄関ドアに向かって祈ってみた。
秋斗さんの部屋に入ると、整頓されて、無駄なものがなく、黒やグレーで統一されたおしゃれな部屋だった。
広さは俺の部屋と同じくらい、1Rの作りだ。
一番にベッドが目に入ってしまう。グレーの掛け布団がかかったシングル用のベッド……こ、ここで……いつも……彼氏さんと……?
変なことを想像してしまい、慌てて頭を振る。
座れる所を探してキョロキョロすると
窓際には黒い天板のテーブルと、イスが1脚
……1脚?
朝、ゲームしていたのだろうか、床にぽつんと置かれたゲームのコントローラーも1つ、
あれ?そういえばベッドの枕も一つだ。
「1人、暮らし……?」
思わず声に出してしまった。やばっと口を両手で押さえる。
壁掛けのテレビの下の棚に外した腕時計を置いていた秋斗さんが振り返った。
「は?……実家暮らしだと思ってたわけ?なんなら大学……19から一人暮らしだけど。」
「あ、えっ、そ、そうなんですね!あの、知らなかったから、その、すみませんっ」
秋斗さんが窓際を指差す。
「その椅子、座って。買った時にはもう1脚あったけど、いらないから、クローゼットつっこんでて。今出すわ。」
ガラッと音を立ててクローゼットが半分開く。
ちらっと見えた隙間からは、黒っぽい服が、綺麗にハンガーに並んでいた。秋斗さん、黒すきだよなぁ。
クローゼットから取り出した黒い椅子を広げながら秋斗さんがこっちを見た。
「あ、そうだ、ケーキあるから、食う?コーヒーはアイスでも、ホットでもできるけど……」
「えっ!ケーキ!買ってくれたんですか!?わぁ!食べますっ!あ、俺もドーナツ買ってきたんですけど……あ、はい、これ。」
肩にかけっぱなしだったトートバッグからドーナツの入った紙袋を秋斗さんへ渡す。
「甘いの?」
「いやっ、ここの、プレーン味やコーヒー味は甘くなくて、俺からしたら、ちょっと物足りないくらいなんですけど、でもっ、素材の味がしっかりしているんで、美味しいですっ!よ、よかったら!」
秋斗さんが紙袋から透明な袋に梱包されているドーナツを取り出し、ひっくり返す。
「これ、1週間くらい持つな。んじゃドーナツはまた今度で。ケーキはすぐダメんなるから、今食べるか」
「あ、はいっ、あの、手伝いますっ」
椅子から立ち上がろうとした俺の肩をぐっと押される。
「いいから、座っとけ。コーヒーは?アイス?ホット?」
「え、……ありがとう、ございます、えっと、アイスで、お願いします」
秋斗さんが運んできてくれたアイスコーヒー、小皿、小さいフォーク、ケーキの入った箱がテーブルに並べられた。
「どれがいい?うまいのわかんないから、テキトーにいくつか買ってみたんだけど……」
箱の中を、覗くと色とりどりのカットケーキが4つ入っていた。チョコ、ショートケーキ、フルーツタルト、モンブラン……どれもキラキラしていて美味しそう!
「わぁ……!えー、迷うー、んー、んー、どうしよう」
「余っても仕方ないから食べたいの全部食べたら?この前のビュッフェの時、相当食べてたじゃん」
そういうと小皿の上にモンブランとショートケーキ、もう一つの小皿にチョコと、タルトを置いてベコっと箱を潰す秋斗さん。
「好きなの食えばいいよ……」
「わぁっ、ありがとうございますっ!いただきまーす!!」
目の前のモンブランの栗をフォークですくう。
秋斗さんがふっ、と笑いながら俺の目の前に座った。
小さなテーブル……秋斗さんの長い足が、窮屈そうに俺の方へと伸びてくる。
触れた足を意識しないように大口でモンブランをたいらげた。美味しい!この栗のペーストすごい美味しい!
……って、おい、ちょっと待て。
俺、何、ケーキなんて食べて癒されちゃってんの!!!!
今日は、そんなのんびりケーキ食べてる場合じゃないだろ!
ショートケーキの先をフォークで削り取った瞬間、今日、ここに来た意味を思い出した。
ほんと、アホだ俺。甘いものに弱すぎ……。
よし、よし、言うぞ、ちゃんと!
目の前の水滴のついたグラスを持ち、ごくごくっと半分ほど喉に流し込む。
「……っあ、あの!!!今日は、秋斗さんに、お話があ、あって!」