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第47話 さよなら①〜side陽向〜

昨晩飲んだお酒のおかげか、秋斗さんとのエッチで全身が疲れていたからか……

目が覚めたら朝の9時だった。ここのところずっと1、2時間しか眠れず、眠ったら嫌な夢ばかりで、起きたら汗だくだったり、気持ち悪かったり……。

そんな状態で、正直肌も最悪だったし、身体もずっと怠かった。


 今日、こんな、お別れの日に限って、寝て起きたら頭がスッキリとして身体が軽くなっていた。

でも、心の中まではスッキリしてくれない。ぺしゃんこに潰れてしまったままだ。

スマホに映った自分の顔。……薄くなったクマ、久しぶりにハリの戻った肌。睡眠の大事さを感じる。



最後の、最後で秋斗さんのお家に初めてお邪魔する……。

って、待って、彼氏さんと同棲してる家じゃないのかな?

でも、秋斗さんが良いっていうってことは……彼氏さんは出かけてるってことだよね?

下手に鉢合わせちゃったりしないよね?


……。

いや、

何言ってんの俺?

今日でさよならするんだから、鉢合わせようが、俺には何も関係ないじゃないか。


もぞもぞと薄い掛け布団から顔を出す。

眩しい日差しがカーテンの隙間から差し込んできている。

洗濯もしなきゃ、布団も干さなきゃ……部屋も掃除しなきゃ……朝ごはんも食べなきゃ……


でも思うように身体は動いてくれない。

……もう少し、ごろごろしておこう。13時に待ち合わせだから、12時くらいまで。


そうだ、店長や長谷川さんが面白い!キュン死にするー!と言っていた人気らしいドラマでも観ようかな。

物静かな吉野さんも珍しく話題に入っていて「私もやばいです!どハマりしてます!!」

と興奮ぎみに言うほどだ。 そうだよ、俺も何かハマれることがあったら、意外とすんなり秋斗さんを忘れられるかもしれない。

大人気!!ランキング1位!と大きく書いてあるドラマの画像をタップする。

え……BLドラマじゃん、これ。よりにもよって。……最悪。

こんなん、嘘ばっかり。こんな夢物語、現実にあるわけないじゃないか。……って俺も、秋斗さんに会う前までは憧れてたな、運命の相手とか。

男同士で、ゲイで、それで、運命の相手と両思いで、ハッピーエンド? 上手く出来すぎだろ、そんなん。

現実は地獄だ。ゲイってだけで、恋すらも上手く出来ない。好きな人に気持ちすら伝えることを許されない。



心の中で文句ばっかりしか出てこないが、画面に映し出された俳優2人の演技が繊細で、とても綺麗で、思わず観入ってしまう。

『お前のこと、ずっと、ずっと好きだった。もう、気持ち隠して、友だちでいるのは無理だ。だから、俺を拒絶するか、俺と付き合うか……お前に、決めて欲しい』


涙が勝手に頬を伝っていく。

いいな、いいな、ちゃんと気持ち伝えられて。

俺は気持ちを隠したまま、大好きな人とお別れだ。


ぐすっ、

枕で溢れてくる涙を雑に拭った。

そうだ、ちゃんと気持ちに整理つけたら

また、新しい恋が出来るのかもしれない。

秋斗さんを忘れられる日がくるかもしれない。


このまま、報われない想いをずっと抱えては、いられない。前に進むって決めただろ。





ドラマにすっかり観入ってしまい、ふとスマホの時計をみるともうすぐ12時になるところだった。

……やばっ!

さすがにのんびりしすぎた。

バサッ!!慌てて掛け布団をめくり、洗面所へと向かった。

鏡に映る自分、特に何も取り柄のない顔。男っぽくもないし、無駄に長いまつ毛を小さい頃から『女の子だったらとんでもない美人さんよねぇ』とからかわれていた。

そうだよな、女の子だったら良かった。

それで普通に男の人が好きで、

秋斗さんみたいにカッコ良い彼氏をゲットして、結婚して、子どもが出来て……


男同士、男しか好きになれない。

ほんと、何も意味がない。

なんで、男の人が好きなんだろう、女の子だって、可愛いとは思うのに、なんで、なんで……。


答えの出ない問いばかり、最近は頭の中をぐるぐるとしている。

ぱんっ!!!

両頬を叩いて、ぐるぐるし続ける考えを吹き飛ばす。


……俺は、ちゃんと、前に進むんだ!!

きちんと、秋斗さんのこと、忘れるんだ!!

余計な事は考えない!

「ありがとうございました。さようなら」

それを伝える事が今日の俺の目標だ。


秋斗さんの優しさにずるずると甘え続ける訳にはいかないんだから。


履きなれた細身のジーンズと、無地の白Tシャツ、薄手のピンクの半袖シャツを羽織る。

少し寝癖で跳ねていた髪の毛はドライヤーで適当にごまかした。

はぁ……。

昨日渡せずにトートバッグに入れたままになっていた封筒を取り出す。

昨日で終わりだと決めていたから、

今まで秋斗さんが全て払ってくれていたホテル代の半分を入れていた。

あ、そうだ!

昨日、俺のせいで延長になってしまったし、その分もきちんと入れておかないと。

ホテルの延長料金を確認する。

財布から1000円札を取り出し、半分に折りたたみ封筒へ入れた。


はぁ……。


もう12時30分だ。

お家にお邪魔するんだから、駅前の素朴で優しい味が人気のドーナツ屋さんに寄って手土産買っていこう。

プレーンのドーナツなら秋斗さんも食べられるかな?

あそこ、コーヒー味のドーナツもあったはずだから、それなら秋斗さん、良いかも!



キィ……、バタン。ガチャガチャッ。

クーラーで冷えた身体がむわっとした空気に包まれる。

はぁ……。

次、家に帰ってくる時は、

俺は秋斗さんを、ちゃんと、忘れてる。

新しい俺になって帰ってくるんだ。

秋斗さんを想うのは、これで、最後。


トートバッグの内ポケットに鍵を入れる。


憎らしいほどに、雲がひとつ、ふたつと数えられるほどしかない、澄んだ空だ。

……なんか、秋斗さんのアイコンみたい……。

っ!!!ま、また!……もう、秋斗さんの事は、考えるな!バカか!俺っ!


あと数時間できっぱりと他人になるんだから。



ぐにっと両頬をつねり、駅に向けて走り出した。

熱気がまとわりついて、じとっと汗が滲み始める。

汗をかいたっていい。もう、なんだって、いいや。


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