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第43話 決心⑤〜side陽向〜

「あれー?ひなちゃんじゃん?」

「あっ、ほんとだ!柳瀬くん!そんな所に座り込んでー!まさか、また具合悪くなってない!?」


頭を抑えてしゃがんでいると、

聞き慣れた声が背後から聞こえ顔を上げた。


「あっ、二宮さん、長谷川さん……お疲れ様です。仕事終わりですか?……具合は悪いとかじゃなくて……自分の失敗にがっかりして……」

「失敗?大丈夫?あ!そうそうー!明日休みだし、これから2人でぱーっと飲みにいこーって所なんだけどさ!ひなちゃんも行こうよ!」

「あ、いいね、それ。柳瀬くん、最近悩んでる事あるでしょー!?お姉さん達にグチったらすっきりすると思うんだー!レッツゴー!!」


「あ、え……っ!」

返事もしないうちに両サイドから腕を掴まれて強制的に立たされると、ぐいぐいと飲み屋が連なる通りへと連れて行かれる。


こ、この最強の2人が一緒だったら……に、逃げられないー!

でも、

2人に相談してみたら、

この気持ちの終わらせ方を教えてもらえるだろうか……。


話、聞いてもらえたら、少しは気持ちに整理が出来るだろうか……。



もう、1人で抱え込むには、

限界だ。

もう、もう……悩むだけとことん悩んだし、

でも、何が正しいかなんてわからず、

誰にも相談できなかった。


誰かにこの恋心の結末を決めてほしい。






「かんぱーーーい」

「お疲れぇーい!」

ガツンとジョッキがぶつかり合う。

 この店は去年できたばかりの、和テイストな居酒屋さんだ。少し薄暗い照明と掘り炬燵に畳。障子戸で閉ざされた空間が何故か落ち着く。

 和食をメインにしつつも、若い人たちに気軽に食べてもらおうと、和が中心ではあるが様々な幅広いメニューがあり、メニューを見ているだけで、ウキウキしてくる。


 それにしても二人が酒飲みだというのは本当だったんだ……。

ジョッキの中のビールが一気に半分ほど二人の身体の中へ消えていった。

俺は二人に任せてとりあえずビールは頼んだが、いまいちまだ、ビールの美味しさはわからない。

日頃も興味半分で飲んでみる程度で、一本でもふわふわしてしまう。


 両親はお酒が好きだから、実家には常にあらゆるお酒が常時置いてあり、ゆるい両親に「お酒は嗜むもの。ある程度の味や知識は知っておいた方がいいのよ!そうすれば間違った飲み方をしてアホな事件起こしたり、急性アル中になったりなんてしないからっ!お酒を知っていたら交友関係も広がるしっ!いい事沢山よー」

となんとも酒好きらしい考えの元、高校生の頃から様々なお酒を味見させてもらっていた。

中学生の時に、何の気無しに聞いた「俺にはなんで兄弟がいないの?」と質問。母がお酒を飲みたいがために、俺は一人っ子だと聞いた時は、さすがにちょっと引いたけど。


時々の仕送りでも20歳の息子にオススメの日本酒、焼酎、ワイン、ビールなどを飲み方のアドバイスと共に詰め合わせて送ってくる……そんな親なかなかいないだろう。

飲みきれない物は大抵二宮さんにあげているのは両親には内緒だ。



お通しの冷奴に醤油を垂らし、一口で頬張る。

「さぁ、もう早速本題に入ろっ!酔っ払う前に、ちゃんと聞きたい!」

「それそれ、ひなちゃん最近どうなってるの?あの、イケメン男子と何かあった?」


や、やっぱり、気が付かれていたんだ。

秋斗さんとのこと。……そんなにわかりやすかったかな、俺。

いや、この前の月曜日に秋斗さんとの約束を破って心配をかけてしまい、店まで秋斗さんが来てくれたので

きっと何か気がついたんだろう……。全て俺が引き起こしたことだ。


「あ、あの……。えっと、ひ、引かないで聞いてほしいんすけど……」

勢いつけるために、ビールを半分ほど一気に飲む。

「引かない引かない。いや、柳瀬くん一人でずっと抱え込んでる感じだったから、少しでも力になれたら……って思っているだけで。だから話せる事、話したい事だけでいいからさ。」


二宮さん、長谷川さんはタッチパネルオーダーで2杯目のビールと料理を選び終えると、真剣な顔で俺の顔を見つめてきた。


「あの、俺……あの人と……で、出会い系のアプリで、……知り合ったんです。……きょ、興味本位で……。で、秋斗さんの条件が、恋人いらない、キ、キスはしないっていう条件だったので、一度会うなら、すごくいいやって思って。  で、でも、結局、一度じゃなくて……何回も会ううちに……お、俺が勝手にどんどん好きになっちゃって。でも、そんなのダメだって。秋斗さんの彼氏さんにも申し訳なくてっ、だ、だから、今日でおしまいにしようと思ったんです。……な、なのに、ちゃんと、ちゃんと言えなくて……!」

この3ヶ月の話を一気に勢いにまかせて話した。

息継ぎも忘れていて、話終えると、息が苦しかった。

残りのビールも一気に飲み干す。

「そっか……。えっと、整理させてね?その、秋斗さん?て人は、えーと、二宮ちゃんの言ってる倉橋って人と同一人物よね?彼は。

その人は恋人いるんだよね?他に。」


驚きもせず、うんうん、と頷きながら聞いてくれていた長谷川さんは運ばれてきたばかりのきゅうりの叩きに手を伸ばす。

「あ、はい。ハッキリとは聞いていないんですけど、でも、なんか、わかるし……あ、この前、駅中にあるあの、サラダの店で一緒にいる所、見ちゃって……やっぱりっていうのと、ショックが、大きくて。」

きゅうりが美味しそうに輝いているが、何だか食べる意欲が湧いてこない。水滴で濡れたジョッキをぎゅっと握りしめた。


「そうだよねぇ、出会い系サイトっていうのに、恋人は作らない、キスもしないなんてあからさまな条件……。恋人には内緒でセフレ、身体の関係の相手ほしいって意味だもんなぁー。」


はぁ……と二宮さんはため息をついた。

「えー、倉橋くん、そんなタイプには見えなかったけどなぁ。彼氏いながら、柳瀬くんも可愛いからキープしてるってことなのかなー?んー、でもなぁ。この前の月曜の感じだと、本気で心配してる雰囲気あったけどなぁ。」


「それが悪いんじゃない?どっちつかずで相手が喜んだり勘違いするようなことしてさ!!でも実は彼氏いるからねー!キスなんてしませーん、お前は遊び相手だって言っただろー?ってやつ?相当なタラシ男じゃん!!いや、マジで最低じゃん!!ひなちゃんの気持ちなんてどーでもいい、自分さえ気持ちよく抱く相手がいたらいいってやつ!?マジ無理、そーいうの!」


「あ、で、でも、や、優しいんです……」

トントンと障子戸が叩かれ、お待たせ致しました。と肉じゃが、大根とじゃこのサラダ、2杯目のビールが運ばれてくる。


「ひなちゃん、そーいう男はね、誰にでも優しいもんなのさ。いやー、こんな純情でウブなひなちゃんをそんな扱いする男!まじで許さん!!いや、悪い事言わないから、とっととそんな男切って、新しい恋みつけな?ひなちゃんなら、ひなちゃんをとことん大事にしてくれる相手絶対みつかるから!こんな変な男に悩んで、こんなにも精神的にも落ちてるひなちゃんが可哀想で見てらんないよ。あいつ、マジで店出禁にするから!」


ぐさっとじゃがいもに箸を突き刺す長谷川さん。

俺のことを思って言ってくれているのはわかるけれど……秋斗さんのこと、悪くいわれてしまうと

違う!と否定したくなってしまう。

せっかく話をきいてくれているのに、俺が否定してしまったら、何の意味もなくなってしまう。


長谷川さんのいう通り、一般的には俺たちの関係は異常だ。

そういうことなんだよ。


「まぁね、答えを出すのは柳瀬くん自身だから、私からはもう、あんまり言えないんだけど……でもひとつだけ。

やっぱり先週の月曜日に柳瀬くんを心配する姿を見たら、そんなに悪い人には、……私は見えなかった。心から柳瀬くんを好きで、心配なんだと思った。でも、まぁ柳瀬くんとの条件とかは私は知らなかったからさ。……ま、でもさ、身体だけの関係の相手……3時間も待ってるかな? 私的にはそこがどうもひっかかるんだよね……。まぁ性欲は人間の三大欲求だから……やりたい一心だったのかどうかは……んー、何年も彼氏いない私はまぁっったく男心はわかんないからなぁ、」


二宮さんが取り分けてくれた肉じゃがの玉ねぎをつるっと口に入れる。味が染み込んでいて、美味しい。


「ありがとう……ございます。お二人に聞いてもらえて、心がスッキリしました。ずっと、悩んでたから……。……うん、やっぱり、ちゃんとさよならします。明日、休みなので……会えたら、ちゃんと、もう、さ、最後にっ、す、するっ、てっ、……うぅっ、な、なんで、そ、そ、んな人、好きに、なっちゃっ、たん、だろ、も、し、しんどいぃ。会うのも、くるし、い……ひっく、……こ、こいなんて、もう、したく、ないよぉ……」


ボロボロと、必死で止めようとしても全くいう事を聞かない涙がどんどん溢れてきてしまう。

「わーわー!ひなちゃんー!泣くなぁー!私まで泣きそうーー!!」

二宮さんと長谷川さんが慌てたようにおしぼりで顔を優しく拭いてくれる。

二宮さんが俺の隣の席に移動して、優しく背中をさすってくれた。

「柳瀬くん。こんな辛いことばっかりじゃないからさ、恋って。本来なら人を好きになるってキラキラして、毎日が楽しくて、幸せオーラばんばんでちゃって……。こんなにさ、泣いたり、体調まで悪くなったり……一向に報われない想いなら、いっそ、ちゃんと断ち切って、次に向かうのも良いかと思う。……まぁ、ただ、倉橋くんが一体どんな気持ちで、柳瀬くんと会ってたのかは、どうも気になるんだけどね……ただのセフレの為に、店まで押しかけてくるかなーとか……いや、いや、でも!柳瀬くんの幸せが1番だからさ!」


「ううぅ、ありがとうございます……!お二人に聞いてもらえて、胸のつっかえが取れました……。ちゃんと、ちゃんと、終わりにして、次に向かって、……気持ち、切り替えたいと、思いますっ、」

「うんうん、応援するよ。ひなちゃん!!うちらはいつでもひなちゃんの味方だからね!!!うー、もう可愛いひなちゃんがこんな目にあってたなんてー!許さんあの男ーーー!!!よーし、今日は飲もう!!!」



良かった、二人に聞いてもらえて。

背中を押してもらえて。


そうだ、こんな関係のままズルズルといるなんて、ダメだ。

明日、秋斗さんに会おう。

ちゃんと伝えるんだ。ありがとうと、さよならを。


決心がついた。

あーぁ。次は、良い恋が、出来るといいなぁ。






歩いて帰れます!という俺を

千鳥足とはこのことかというほどの二宮さんと長谷川さんにタクシーに詰め込まれ、ワンメーターなことを運転手さんに謝りながら

アパートへと帰ってきた。


まもなく日付が変わる。9月3日になる。

俺の恋が終わる日だ。

少しふらつく足でアパートの階段を登る。



 あ……店に冷やし中華とデザートの入った袋、忘れてきてしまった……。せっかく秋斗さんが買ってくれたのに。秋斗さんからもらったものを忘れてしまうなんて。

 そっか、もう、忘れろってことだよな。

というか、もう、お腹もいっぱいで、食べられないし……。今から取りに行くのは、やめよ。お店の人に、捨ててもらおう。



家のドアの前でスマホを取り出し

0時丁度になるのをドアに寄りかかりながら待つ。

何故か部屋に入る前にこのメッセージを送りたかった。

決心が鈍る前に。


0:00

『秋斗さん、火曜日ですが……今日、会えませんか?きちんとお話したい事があります。少しの時間でもかまいません』



送ってしまった。

もう、後戻りは出来ない。前に進むんだ。



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