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第42話 決心④〜side陽向〜

「……た?……なた?……陽向?」

ん……なに?秋斗さんの、声?

気持ちの良い真っ白な世界から、ゆっくりと抜け出す。

「ん……?ここ、どこ?……あ、あれ?」

目の前に大好きな人の顔があり、一気に脳みそが動き出す。

「陽向、ごめん。気持ちよさそうに寝てたからさ、1時間延長したんだけど……チェックアウトの時間、迫ってて」

「わぁっ!!!ご、ごめんなさい!俺、寝ちゃってました!!」

なんて事だ……。ここの所寝不足だったとはいえ、

せっかく秋斗さんと過ごせる大事な時間に眠ってしまうなんて……。

「いいって。相当ぐっすりだったな。疲れてた?それとも、そんなに気持ちよかった?……まぁ、陽向、シャワー浴びてきちゃえよ。俺はさっき入ったから」


少し意地悪そうな顔で笑う秋斗さん。裸のままシーツに包まっている俺とは対照的に、駅で会った時と同じ服装に戻っている。

俺だけいつまでもエッチな気分でいるかのようで、いたたまれなくなった。

「本当、ご、ごめんなさい!すぐ、シャワーしてきちゃいます!」

ベッドサイドの時計は20:50だ。俺、もしかして2時間近く、寝ちゃってた!?やばい、本当呆れられてしまう。

最後だっていうのに……。

 それなのに、「慌てないでいいから」と優しく髪を撫でられ、秋斗さんなら何でも許してくれそう……と勘違いをしてしまう。


 ぬるめのシャワーで急いでベタつく身体を流していく。

ふと、胸元に見慣れない赤い痕があることに気がついた。

何?こんな所……虫刺された? 身体をあちこち確認すると右胸、右の二の腕、おへそのあたり、太ももの内側など柔らかい所が何ヶ所か刺されてしまっている。


「えぇ、こんなに刺されてる……ホテルに何か虫がいたのかも……。全然、痒くはないけど……薬塗った方がいいかなぁ。秋斗さんは刺されてないかな……?」


ガチャ……

「すみません、お待たせしました。急いで、着替えますね……」

「……っ、」

服をバスルームに持っていくのを忘れてしまったので、腰にタオルを巻きつけて部屋に戻る。

俺がベッドに近づくと、畳まれた服を秋斗さんが渡してくれた。わざわざ畳んでくれていたんだ。

本当に優しい人……。

「……ごめん、気がついた?……跡」

「?な、なにがですか?」

もぞもぞと下着に足を通してから、ぽふっと秋斗さんの隣に座る。

何だろう、何だかよく、わからないんだけど、今日の秋斗さん、何だか、いつもと……何かが違う?

それが何なのかはわからないんだけど……。


「……、い、いや、いいや。はい、これ、もう気が抜けてるけど、飲むか?」

着替え終えた俺に、秋斗さんはペットボトルを渡してくれた。

「ありがとうございます!頂きます」

喉、乾いてた。パチパチっと喉に小さく弾ける炭酸が気持ちいい。

蓋をしめながら、気がついた……

や、やってしまった!また、間接キスだ……。

前のケーキの時もうっかり……。で、でも今回は秋斗さんから渡してくれたから、だ、大丈夫だよね?

って……何考えてんの俺。

どうせ、今日で最後じゃないか。


いつ言おう……。

駅に着いた時に、別れる時にさらっと告げよう。

それが、いい。なんか、気まずい空気になって歩くの、嫌だし。


「んじゃ、行こっか」

俺から受け取った炭酸の残りを全て飲み干し、ゴミ箱へと消えていったペットボトル。あぁ、捨てちゃうなら、欲しかったなぁ。

記念に……ってキモい、キモすぎる俺の考え!!



2人で駅へと向かう。

こんなに、近かったっけ。あっという間にいつものコンビニの前に着いてしまった。

「陽向……なんか、腹減ってない?どっか、食べにいく、か?この近くなら、ラーメンとか、牛丼とか、少し行ったらファミレスとかもあるし……」

「え……?あ、い、いや、えっと、これ以上は、あの、コンビニで、買って帰ります!」


うっかりラブホで2時間も寝てしまって、これ以上秋斗さんの時間をもらうわけにはいかない!


あれ?……なんか、俺おかしなこと言った?秋斗さん何だか困った顔、してる。

「……そっか、んじゃ、コンビニ、寄るか。……コンビニで買って……ちょっと、…………家で、食べる、か?」

何だか、やっぱり今日の秋斗さん、変だ。

歯切れが悪いというか……なんか、いつもの自信たっぷりな雰囲気が、ない?どうしたんだろう。仕事ハードみたいだし、疲れてるのかな。



冷房の効きすぎたコンビニに入り冷やし中華を手に取った。昨日から9月になったけど、まだ冷やし中華置いてあるんだ!

あとはー、デザート、デザート……レジ近くの冷蔵の棚からシュークリームとプリンを取りレジへ向かう。

「ははっ、まーた甘いもん。夜にこんなあまいもん食ってたら、太るぞ?」

レジの所でチキン南蛮弁当とコーヒーをカゴに入れていた秋斗さんと会う。

「ふ、太ったら、考えるからいーーんですっ!」

ははっ!と優しく笑う秋斗さんに見惚れていると

デザートを上に乗せていた冷やし中華の容器を秋斗さんに取られてしまい、

秋斗さんはそのまま会計をしにいってしまった。

「あっ、え、待って、自分で……」

「いいから、外で待ってて」

トートバッグから財布を出そうとまごつく俺をチラッとみて、どんどん会計を進めてしまう。



「なにしてんの?いくぞ」

コンビニの入り口でわたわたと財布からお札を出そうとする俺の目の前を、涼しげな顔で秋斗さんが通り過ぎて行ってしまった。

「あっ、は、払いますっ!いつもご馳走になってばかりでっ」

「いいって……んじゃ、いくぞ」

そういうと秋斗さんは駅とは反対方向に歩き出してしまう。

俺の家とは反対方向だ。

あ、冷やし中華とデザート、秋斗さんの袋に入ったままだ。食べないものを持って帰ってしまっても秋斗さん、困るだけだ。

「秋斗さんっ、あ、あのっ、冷やし中華っ、お、俺の……」

買ってもらっておいて、それをよこせと言うようで、自分がとても卑しく思えてくる。

で、でも。

秋斗さんを困らせるわけにはいかない。すたすた歩いている秋斗さんを追いかけて、思い切って声をかけた。

「え?」

「あ、あのっ、秋斗さん、冷やし中華、袋に、入ったままで……す、すみません。俺、家反対だから、間違って持って帰ってしまったら、ご迷惑おかけして、しまうので……」

「え?帰んの?」

秋斗さんがじっと俺の顔を不思議そうに眺めてくる。


え?どういうこと?俺、変なこと言った??か、帰るよね?いつも、ここで解散だよね?

「あ、は、はい。もう、帰ります」

「……そ、っか。……陽向も、明日、休み、だよな?」

秋斗さんはごそごそとコンビニ袋から

チキン南蛮弁当とコーヒーを取り出し、冷やし中華とデザートの入った袋を俺に差し出してくれた。

「あっ、袋、秋斗さんが…どうぞ!」

「俺、家すぐそこだからいい。……んじゃ、また後で連絡する。明日……予定空いてたら…………ん、いや、また連絡するわ。じゃあな」


そう言い捨てるようにして背を向けた秋斗さんは、いつもより足早に行ってしまった。

どうしたんだろう。今日の秋斗さん、やっぱりなんだか、

いつもと違った気がする……。


秋斗さんがくれた袋を握りしめ、身体の向きを変える。




……!!!!!あ!!!!!


俺!!何してんの!!?

今日、ありがとうとさよならを言うって決めてたじゃないか!!!

今日が最後にするって決めてたじゃないか!

な、何してんの!どうしよう!

追いかけようか……でも、秋斗さんの家、知らないし。


もうすでに見えなくなってしまった秋斗さんの家の方向をじっと見る。


俺、俺、バカすぎる!

どうしよう……メッセージで伝えるのでも良いかな……

いや、ちゃんと顔見てからがいいよな、そういうのって。


はぁぁぁぁぁ。

せっかく最後にエッチできたのに……その後眠っちゃうし。

もう俺、色々とやばくないか?

何してんだよ、ほんとにーーー。


あまりの自分のバカさ加減にへなへなとその場に座り込んでしまった。

いや……でも、やっぱり秋斗さんとのエッチ。すごく、すごく気持ち良かった。

あれが、最後だなんて……

あと、一回くらい……

いや、いつまでも引きずるのはダメだ。


でも、どうやって伝えよう。

今日はもう、会えないよね。

明日……?明日ならどうかな……話、聞いてもらえるだろうか?

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