ピロン!
ピピピピピピ!ピピピピピピ!ピピピピピピ!
メッセージの通知音と、うるさいアラーム音を止めて重たい身体をベッドから起こす。
なんでだろう……。
今まであんなに待ち遠しかったはずの月曜日があっという間に来てしまった。
そっとカーテンを開ける。
俺の心の中とは真逆だ。……すごく良い天気。
水曜日。お店のOpen前に慌てて送ったメッセージの後、秋斗さんはまた俺を心配してくれるメッセージをくれた。
その後もいつも通り『お疲れ。仕事どうだった?』
『おやすみ、また明日な』『おはよう、今日は15時出勤だから午前中はジム行ってくる』
など、秋斗さんからメッセージをもらうたびに、胸の奥に棘がどんどん刺さっていく。
秋斗さんのスマホの調子が悪かったんじゃない。
俺が連絡しなかっただけなんだ。
俺が、秋斗さんから逃げたんだ。
その事実がどうしても言えなかった。
本当に俺はずるい。
朝のアラームとほぼ同時に来た秋斗さんからの
優しいメッセージ……。
『今日の夜、大丈夫そうか?もし体調悪いなら早めに言えよ?無理するなよ?』
こんなに身体の重たい月曜日は初めてだ。スマホをぎゅっと握りしめる。
今日が……最後。
4回目のエッチから、もう1ヶ月以上経ってしまっている。
ずるい俺は、最後に抱いてもらえたらな……なんて考えて、昨日の夜、久しぶりに受け入れる為の準備をした。
最後に秋斗さんにがっかりされないように、きちんと、最後までしてもらえるように。
それだけを考えて、お風呂場で1人、気持ちよくもない準備を黙々とした。
秋斗さんに、初めての時みたいに、優しく抱いて欲しい。
それで、それで、さよならだ。
今まで、いらない!と突き返されてしまっていたホテル代を封筒に包む。最後くらいは、きちんと受け取ってもらおう。
ケトルで沸かしていたお湯を、そっとドリップコーヒのパックに流していく。
じわっとしみこんでいくお湯をただただ、ぼーっと眺める。
あぁ、何で、俺、秋斗さんのこと、好きになっちゃったんだろう。
何百回目かわからない問いがまた自分の頭に浮かんできた。
何百回考えてみても、答えなんて出てこないのに。
こんな日はなぜこんなにも時が進むのが早いのだろう。
仕事の合間合間に見る時計は、ぐんぐんと針が進んでいく。
待って、まだ、最後に秋斗さんに会う決心が出来てない……。電池を抜いて時計の針を止めてしまいたいくらいだった。
いけない、仕事、仕事。
明日からの俺には仕事だけしか、残らなくなるんだから。
「はーい、柳瀬くん、お疲れ様ぁー18時だよー!」
二宮さんに言われて、ハッと洗い物の手を止めて時計を見る。
長針が12を過ぎていた。
「あ、じゃあ、洗い物まで、してから、帰りますね」
どくどくどくどく、急に息が苦しくなってくる。
秋斗さん、もう、待ってくれているのだろうか?
「お疲れ様、です。また、水曜日に……」
「はーい、柳瀬くん、ちゃんと、ゆっくり休んでよ?」
二宮さんからの言葉に軽く頷き、重たい足取りのまま東口へと向かう。
あと少し、あと、少し。
足に鉛がついているようでなかなか前へ進まない。
はぁ……。一旦深呼吸だ。
呼吸をゆっくりと整える。大丈夫、大丈夫、この5日間ずっと練習しただろう。……さよならの伝え方
「おっ!陽向!お疲れ!」
「っ!?!?」
思いもしてなかった声が自分の後ろから聞こえて飛び上がった。
「……っ、あ、秋斗、さん、な、なんで?」
「あー、今日南口に用事あったからさ、今、慌てて東口向かってた所!陽向、なんかこんなして会うの、久しぶりだな。体調は、どう?」
どうしよう、なんで、まだ、心の準備が……
でも、まずは!謝る!先週のこと。
「体調は……大丈夫です。えっと……あの、この前の月曜日、連絡、しなくて、ごめんなさい!」
「え?……陽向が連絡くれなかった、の?俺てっきり、スマホの調子悪いのかと……」
秋斗さんはその場でため息をつきながらしゃがみ込んでしまった。
そうだ、怒って。お前、最低だなって、罵ってくれていい。
俺の何度も想像していたシチュエーションでは、秋斗さんはここで俺に呆れたり、罵ったり、怒って帰ろうとするんだ。
目を瞑って、秋斗さんからの言葉に耐える準備をする。
「なんだよー……はぁ、……もうさ、あんま心配させんなよ?体調悪かったみたいだし、まぁ、急に行きたくなくなる時も今後もあるかもだけどさ……。先週、どっかで倒れてんじゃねーかって、生きた心地しなかったから……。次は一言でいいから、ちゃんと連絡入れろよ?」
秋斗さんが立ち上がった気配がして、そっと目を開ける。
ぽんぽんっと頭を優しく触られた。
想像していた言葉とは全く違って、脳みそが言葉を処理しきれない。
え?な、なんで?
怒らないの……?
「よし、じゃあ、いくか?」
頭がパニック状態の俺の手首を大きな手のひらで包まれた。
「あっ、え、ど、どこ、どこに?」
「は?……え?その、つもりじゃ、なかった?……ごめん、俺だけ?……1ヶ月以上も、……してないから、ちょっと、陽向見ただけで、限界、かも。陽向は……したくない?無理にはしないから……」
秋斗さんがなんだか、珍しく歯切れの悪い話し方をしているので、ちらっと顔を覗き見る。
目が合った瞬間、パッと目を逸らされてしまった。
その耳が真っ赤に染まっていた。ど、どうしたんだろう?
暑い?
そうだ、さっき、慌てて向かっていたと言っていたから、暑いのかもしれない。
でも、秋斗さんの耳が赤いのなんて、エッチの最中にちらっと見る時しか見られないから
こんな風に駅で見るとなんだか勝手に恥ずかしい気持ちになる。
少しずつ少しずつ、頭の中が整理できてきた。
秋斗さん、怒らなかった……先週のこと。
俺、あんなに酷い事したのに……。
「……なぁ、おい、陽向?」
返事もせずに頭の中でぼーっと考え事をしていた俺を心配するかのように、今度は秋斗さんが俺の顔を覗き込んできた。
その目はゆらりと真っ黒に光っていて、吸い込まれていきそうだ。
「お、おれも、……したかった、です、ずっと……。」
「……っ、陽向っ、行こうっ」