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第39話 決心①〜side陽向〜




秋斗さんとの、大切な約束を、大切な月曜日を、すっぽかしてしまった。

連絡もしないで。


きっと、秋斗さんに嫌われただろう。

うん、それでいい。

それでいいんだ。

きちんと、嫌われて、それで、そのまま、

彼を引きずることなく、ちゃんとさよならするんだ。




月曜の夜から、火曜日の一日中、ずっとその事だけを考えていた。

お腹もすかない。

ただただスマホを握りしめたままま、ベッドに横になっていた。


もうすぐ火曜が終わる。明日は仕事だし、早番だし、早く眠らないと。


秋斗さんからのメッセージをいまだに開けない。

メッセージは10件溜まっているが

見る事ができない。

明日、明日になったら、メッセージ見よう。

今見たら、だめだ。


 明日になったらこの前のすっぽかしたことを謝って、

次の月曜日、話したい事があると伝えて、会ってくれるなら直接さよならを言おう。

 あんなことする奴に会うつもりが無いと言われたら、そしたら、そのままメッセージで、さよならを伝えよう。


真っ暗にしたスマホの画面にぼろぼろの顔が映る。

あぁ、これじゃ、また店長に怒られちゃうな。

目を瞑ると目尻からまだ涙が一筋溢れる。


そのまま真っ暗な世界で、1人、眠った。






「柳瀬くん!おはよう。体調どう?」

開店作業中、ホール用のモップをバケツでじゃぶじゃぶと洗っていると店長の二宮さんが出勤してきた。

「あ、すみません、月曜日は。もう、すっかり大丈夫っす」

パッと顔をあげて二宮さんを見ると、二宮さんは目を丸くして飛び上がった。

「って……!ねぇ!!!全然大丈夫な顔じゃないんですけど?

なにそのクマ!あーぁぁー、せっかくのもちもちほっぺをどーしたらこんなガサガサにできんのー!?

ったく、今日はキッチン作業で決まりね!!!

もーー、最近こんな不調多くない?大丈夫なの?……その、気持ち的に、さ。色々と。」

「すみません、ちょっと、その、悩み事あったりして、考えてたら……で、でも!もう、大丈夫なんでっ!」

ぎゅっとモップをしぼり、二宮さんから逃げるようにホールの床を拭いていく。

あまり、つっこまれたくない、この話。 

二宮さん、何だか色々とするどいからな……。


「あ、そうだー!ちゃんと、倉橋くんに連絡した?ずっと待ってくれてたみたいよ?

私が退勤した時だからー、多分21時半近かったと思うけど……、一回、19時頃にもお店に来てくれてたしさ。体調悪いって伝えたら、相当心配してたよ? もー、いくら友だちだからって、あんま、心配させちゃ、ダメだよ?」


エプロンを着けながら話す、二宮さんの言っていることの意味がわからなくて、モップに寄りかかりながら首をかしげる。

「く、くら、はし、くん……?って、誰ですか? 店長、この間の電話でも、その方の名前、言ってましたよね……。でも、電話でも言いましたけど……俺、その方、全然心当たりなくて……」

ガランガラン!……カンカンカン。。。


二宮さんはシンク上の棚から取り出した銀のボウルを床に盛大に落としてしまった。空で良かった。 

慌てて拾いに行こうとすると、二宮さんは後退りして、腰の高さのシンクに寄りかかる。


「は?え……!?えっ!な、なに?それ、マジで言ってる!?

え?いや、電話の時はその、なにかワケあって、テキトーに流されたのかと思ってたんだけど…!

え…え!?な、名前知らないってこと?え…

ほら、前、店にアボ野菜買いに来てくれたり、柳瀬くん、体調悪いの心配して、差し入れしてくれてたあの、背の高いイケメンの子だよ?

月曜日、店に柳瀬くんのこと心配して来てくれたから、一応、名前聞いたんだけどさ!

え、待って。ちょっと、私、混乱中……」



え……?

混乱?

混乱しているのは俺の方だ。

え……?

待って、二宮さん、さっきなんて言ってた?

『ずっと待ってたみたい。 21時半近かった。 

19時ころもお店に来てくれてた。 体調悪いって伝えたら、相当心配していた』



え……それ、秋斗さんの、事?


ずっと、ずっと待たせてしまっていたの?

俺が電話出なかった時に、もう、帰ったものだと、思っていたのに……。

嘘、嘘……。

どうしよう。3時間以上も待っていてくれたの?

連絡もしない、こんなひどい俺の事……。

どうしよう、どうしよう。怒っているだろうか、そんなに待たせてしまったりして。


急に秋斗さんからのメッセージを確認したくなった。

なんて、なんて送られているんだろう。


尻ポケットに入っていたスマホをそっと点ける。

綺麗な青空のアイコン。『秋斗』と表示されている欄に 10件送られて来ているメッセージを恐る恐るタップした。


「……っ!」

メッセージは6件、着信は4件だった。

メッセージのどれもが俺を責めるどころか、俺の体調を気遣うものだった。


4件目の着信の後には

秋斗さんらしくない長いメッセージだった。


21:36『陽向、今日は帰るな。体調悪いって陽向の店の人から聞いたから心配してる。

どうやら俺のスマホ、調子悪いみたいで、陽向に連絡つかなくなってて、陽向から何か送ってくれてると思うんだけど、見れてないんだ。ごめん。

もし、これ届いたら、一言でいいから元気かどうか連絡欲しい。

住所送ってくれたら、食べ物でも、なんか必要なもんでも届けるから。明日休みだし。

遠慮しなくていいから、ちゃんと言って』


「……っ、」

どくどくどくどく、耳に心臓の音が響く。

どうしよう、俺の勝手な行動のせいで、こんなに心配をかけてしまった。

こんなに心配させておいて、逃げて。俺、俺、何してんだろう。

今すぐ秋斗さんの所に謝りに行きたくなった。



どうしよう、どうしよう、ばかりが頭の中をぐるぐると回転している。


「柳瀬くん……やっぱり、体調、悪い?……というか、倉橋くんと、なんか、あった……?」

二宮さんがいつの間にか俺の隣に立っていた。


「……な、なんも、ないです。俺たち、何も……」

全て俺の嘘がバレていそうで、怖くて後退りしてしまった。


「ううん、聞かないよ。柳瀬くんが言いたく無いなら。

でもさ、まぁ私、今から超、テキトーなこと言うから、聞き流して欲しいんだけど……。  相手を思う気持ちってさ、引いてばかりじゃ、何も相手に伝わらないんだよね。お互いが引いていたら、その気持ちは一生伝わる事なく、いつかは消えていっちゃうんじゃないかな。気持ちを伝え合うって、何も悪い事じゃ無いと思う。……それが、どんな境遇であってもさ。 意外と相手を勘違いしてること、あったりするし。良いことでも、悪い事でも。だから私は隠さずに従業員とでもそうだし、身近な人にも、きちんと気持ちを伝えるように、してる。…………ってだーーーれも側で気持ちを聞いてくれるような恋人いねーんだけどさぁぁぁ。はぁぁぁーー。……って、ほら、説得力ない独り言でしたっ!さて、仕事仕事、早くクッキー焼かないとだ!」

「……そ、そうです、ね、仕事……しなきゃ、」


さすがだ、二宮さん。痛いところついてきた。

でもさ、恋人がいる人に

「好きです。ずっとあなたの側にいたいんです」なんて。

そんな気持ち……。伝えられないよ。

困らせてしまうだけだから。そして、その気持ちを拒絶されて、元に戻れないほどの致命傷を心に負ってしまう事が、怖い。

本当に俺は、自分勝手だ。


『月曜日、行けなくてごめんなさい。ずっと待たせてしまって、ごめんなさい。今度の月曜日、話したい事が、あります』


もやもやしたままで仕事なんて出来ないと思ったから……

慌ててそれだけを送った。

あと5日で、秋斗さんにさよならをいうんだ。

あと5日だけ、好きでいて、いいかな。

必死に仕事の事だけを考え、頭の中に次々と浮かんでくる、いつもの柱の所で待ってくれている秋斗さんの姿を消していった。





それからの5日間、さよならをいうための練習を

何度も何度も繰り返した。

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