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第33話 幸せと絶望③〜side陽向〜

『今週月曜はランチにしてもらえたから、いつも通り、18時すぎに東口で待っとく。変更あったら教えて』


毎日何となくないつものメッセージをやり取りをしていた木曜日の昼過ぎ、今までだったら飛び上がって喜んでいたメッセージがなんだか、全然嬉しく感じなかった。

 いや、違う、嬉しい。嬉しいんだけど、また会って良いのか、ちゃんと今まで通りに気持ちを隠したまま、会えるのか……不安になる。

 夜中に秋斗さんが会ってくれた日から、何だか、どうしても気分があがらない。

 好きになってしまった事を正直に、謝った方が良いんだろうか。

でも、それを伝えてしまったら、もう2度と秋斗さんに会えなくなる。そう思ったら、そんなの辛過ぎて、想像するだけで吐きそうなほど気持ちが悪くなってしまった。


『会えるの楽しみにしています!』といういつも通りのメッセージも送れず、スタンプのOKを返すのが、俺の精一杯の今の気持ちだった。


 どうしよう、どうしよう。そればっかり考えていたら

あっという間に月曜日になってしまった。

「柳瀬くーん、休憩入ってー」

13時30分、お盆が終わって、大学も講義によったら授業があるのか、ぽつぽつと大学生の姿も戻ってきた。夏休み中らしく、オープンから今までのんびりしている人もいる。

お昼のピークがひと段落した所で、店長が声をかけてくれた。

「あ、ありがとうございます。ちょっとお昼食べに抜けますね」

「お、めずらし。今日は弁当なし?」


今日は、朝からもやもや考え事をしてしまっていたら、いつも仕事へ持っていっている簡単な弁当を作る時間がなかったんだ。

「ははっ、ちょっとめんどくさくって、今日は」

「もうさぁー!今日はっ、ってのが偉すぎるんだよー、柳瀬くん?私なんか365日めんどくさくって、弁当なんて作った試しないわ!コンビニ様々ーー!」

けらけらと笑う店長のそばを、あははっとつられて笑いながら通り過ぎ、バックヤードへ向かう。

 んー、さっぱりとサラダでも、食べたい気分。あ、駅中にサラダのお店あったよな……まだ行ったことない。あそこで食べよっと。

エプロンとキャップを椅子に引っ掛けると、財布を手に取り、HARE Caffeのドアをくぐった。



……数分後に、この時の自分を殴りたいくらい、後悔することになるなんて。……あんな絶望を味わうなんて、……思ってもいなかったんだ。

 なんで、今日に限って弁当を作ってこなかったんだろう。なんで、サラダなんて、食べたいって思っちゃったんだろう。俺の、バカ。




……カランカラン!

店のドアベルが軽やかに鳴る。

しつこすぎないグリーンで統一された店内をぐるっと見回すと、若い男女から、母親世代のおばちゃん達が楽しそうに話をしながら、ボウルに入ったサラダを摘んでいる。この時間なのに、ほぼ満席だ。

 すごい、人気だなぁ。

「いらっしゃいませぇ!ご注文こちらで承ります!」

ハキハキとした俺と同世代くらいの店員にすぐに声をかけられた。

「えっと、あの、」

パネルに映し出されている様々なサラダのどれが良いのかわからずキョロキョロと当たりを見回す。

「お召し上がりは店内でしょうか?テイクアウトも可能ですよ」

「あ、えっと、店内で……」

空いてる席はあるかと確認した時、あまりに見覚えのある男の人が目に入った。


え!?

あ、秋斗さん……!?

わぁっ!!!すごい偶然!!!

……って、待って?

……え、

目の前に座っているのは……誰?


茶色の短い髪。横顔の美しさを引き立てるような綺麗な鼻筋。優しそうな目つき。ダボっとしたTシャツからでもわかる筋肉が綺麗についた腕。左手首の腕時計がキラキラと光っている。


ねぇ秋斗さん、

その人が……

彼氏、なの?


ねぇ秋斗さん、今日、ランチの仕事じゃなかったけ?

ランチの仕事終わるの16時って前、言ってたよね?

今、14時前だよ?


どっどっどっどっ、と心臓がすごい音をたてる。

爆発してしまいそうだ。大丈夫か、俺の心臓。



デートなの?

彼氏とデートの後で、俺と会うつもりだったの?

なんで、なんで、秋斗さんはそんな事、するの?

俺なんて、ただのエッチの相手だから、そんなこと関係ない?

なら、なんでこの前、夜中に会おうなんて言ってくれたの?

なんで、ケーキに誘ってくれたの?

彼氏と行けばいいじゃないか。なんで、なんで、こんな俺の喜ぶことして、

結局は彼氏の元に戻るんだろ?

なんでだよ。意味が、もう、わからない。


脳内がぐるぐるぐると撹拌されているかのように、気持ちがぐちゃぐちゃだ。


あぁ、秋斗さん……笑ってる……楽しそうだね。

俺の前で笑ってくれた事、何回あるかな……。


秋斗さんの目の前に座る綺麗な男の人が、秋斗さんの腕をそっと触った。

やめて!!

触らないで!!!!

その人を抱いた腕で、俺のこと、抱きしめたり、しないで!


その場で叫びそうになった。


…………。

いや、馬鹿じゃないか俺。

俺の方がそれを言われる立場だろう。

秋斗さんを少しでも独り占めしようとして。


「お客様?……どう、なさいますか?」

そうだ、俺、オーダーの途中だったのに、

早く、早く、決めなきゃ。


どうしよう、気持ちが、悪い。

地面がぐらぐらする。

やばい、ふらふら、する。


「あ、す、すみません、やっぱり、今日、や、やめときます。」

「お客様、大丈夫ですか?なんだか、急に顔色がっ、お水でも、飲みます?すぐ、お持ちしますので、良かったらそちらの椅子、お掛けになっていて下さいっ」


俺、バカだ。

わかってたよね、わかってて、勝手に好きになったんじゃないか。

最初から秋斗さんは言っていた。

キスはしない、泊まりもしない、恋人はいらないって。

身体だけの関係希望って。



「……だ、だいじょぶ、です。職場、すぐ、そこ、なので」

ぐらぐらと揺れる地面。必死に足に力を入れて歩く。

カランカラン…、カラン……。来た時とは違って、その音はまるで物語の終焉を告げる鐘の音のようだった。

陽向?

と秋斗さんの声が聞こえた気がした。

もう、やめて、やめて、やめて。

もう、こんな気持ち、おしまいに、したい。


誰かお願い。秋斗さんと出会う前に、時間を戻して欲しい。秋斗さんを知らなかった頃に。

そうしたら、絶対にあの人を好きになんてならないようにするから。



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