目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報
第32話 幸せと絶望②〜side陽向〜

いつもの東口の柱の所。いつもは秋斗さんが待っていてくれるその柱にそっと寄りかかって待つ。8月も後半に差し掛かり、夜の風が少し心地よい。

流石に駅周辺も23時30分にもなると電気が付いている店はぽつぽつとだけだ。いつもは気にしもしない、まんまるの月が眩しく見えた。

嬉しい。嬉しい。好きな人を待つって、こんなに楽しいんだ。 わくわくそわそわしすぎて、身体が勝手に揺れてしまう。幸せだ、この時間。

あぁ、秋斗さんを待つこの時間が、ずっと続けばいいのにな、なんて考えてしまう。


柱に寄りかかって、久しぶりに見た月のクレーターをじっと眺めてみた。綺麗。いつもこんなに綺麗に輝いていたんだよなぁ。


正確な時間は、どれくらい待っていたのだろう?

俺からしたらあっという間にその時が来た。

「っわぁ!早っ、もういたんだ?俺、さっきメッセージしたばっかなのに」

隣から大好きな人の声が突然聞こえて、心臓が飛び出た。

「い、いえっ、今来た所です!」

慌てて頭を振ると、秋斗さんが俺の頭に顔を近づけてきた。え、なになになにっ!?

「いい匂い、する。ごめん、風呂も入って、寝るところだったよな?急に、こんなふうに呼び出したりして……迷惑だったら言っていいから」

髪の毛の匂いを嗅がれて、変な汗が出る。よ、よかった、いい匂いって言ってもらえて。汗臭いとか言われたら、生きていけないよ。

「迷惑なんて。俺、嬉しかったです!明日火曜で休みなので、お休みですし!」

「そっか、良かった。……っても、俺、明日朝からミーティングあってさ。呼び出しておいて最悪なんだけど、すぐ帰んないと、やばい」

な、なんだ、えっちするんじゃ、ないんだ……。もう3週間、えっちしてないんだけど……いいのかな?

というか、もしかして、秋斗さん、もう俺とえっちしたくないって思ってる?先週も断られてしまったし……。でも、先週はケーキも行ってくれて、今日は会おうって行ってくれて……。なんなんだろう。


「ちょっと、陽向パワーちょーだい。疲れた、まじ……」

そう耳元で言われた途端、ぎゅっと抱きつかれた。

え、えっ!?なに、これ!?なに!?

押しつぶされそうなほど強く抱きつかれた。ふわっと秋斗さんの香りと、お店の料理の匂いがする。そして、少しのお酒の匂い。


「最近満席続きでさ。ま、それはいーことなんだけどさ。今日も仕事終わりで疲れてんのにさ、新しいワインの試飲会もあって、さすがにへとへと。 明日はさっき飲んだワインを入れるかとか、ワインリストの新調したり、お客様への合う料理や、常連さんへのオススメの仕方のミーティング。……なんか、疲れ過ぎたら無性に陽向に会わなきゃって思って……、こんな時間に、ほんとごめんな。」

少し、酔っているんだろうか?

いつもより、秋斗さんの身体が温かく感じる。

そして、いつもより、饒舌だ。秋斗さんのグチ?初めて聞いたかも。

なんだか弱音を吐く秋斗さんがなんだか可愛くて、俺より大きなその背中にそっと腕を回す。

「ううん。本当に嬉しいです、俺。こんな風に秋斗さんに会えて。今週は、もう会えないと思ってたから……」

しばらく、ぎゅっと抱きつかれていた。

全身を秋斗さんに包まれているような感覚。

このまま、このまま、ずっと……。

秋斗さんが、俺だけを必要としてくれたら、どれだけ幸せだろう。

いや、月曜日の約束を守ろうとしてくれただけだ。

こんな風に会ってくれたんだ。

それ以上、望んだら、バチがあたるよ。


隙間なんてないほど抱きつかれていたはずなのに、

2人の間にふっと夜風が入り込んできた。


「っあ、……ごめん、俺。ちょっと、酔い、覚めてきたわ。まじ、ごめん。」

秋斗さんが身体を離してきた瞬間、

見てはいけないものが目に入ってしまった。

身体はここにあるのに、心だけ一気に谷底へ落とされたような感覚。見てしまった。……目をあのまま瞑っていれば、良かった。




これ……

この前の、あの、お揃いで着けられるリングピアスだよね。


先週までは秋斗さんの右耳についていなかった

月明かりで黒く光る新しいリングピアス。

先週の、あのお店で買ったんだ……。


あの紙袋は、プレゼント用だったんだろう。

誰にあげたの?お揃いのピアス。

誰と、お揃いなの?そのピアス。


……そんなの、聞かなくても、わかるじゃないか。


ほらね、

多くを望んだから、早速バチが当たった。


「ん?陽向……?」

そっと顔を覗き込まれた。

そんな、優しくしないで欲しい。

こんな残酷なこと、しておいて。

いや、秋斗さんは、何も悪くない。

俺が、俺が勝手に

好きになってしまっただけじゃないか。


さっきまでの幸せな気持ちは

どこかへ飛んでいってしまった。

まるで、これが現実だよと、突きつけるかのように。


「っあ、じゃ、じゃあ、また、秋斗さんの良い時に、連絡、下さいっ、あ、もう、遅いのでっ、か、帰りますねっ、」

「いや、俺の都合良い時とかじゃなくて、陽向がしたい時に、いつでも連絡してこいよ。なんでいつも、そんな気、ばっか使うんだ?」


なんで?

なんで気ばっか使うの?って?


ひどい、ひどい、そんな事、何で俺に言うの?


気を使わなかったら、秋斗さんに会う事も、許されないじゃないか。

俺が連絡したい時には、秋斗さんは違う誰かのものじゃないか。


「ま、また、月曜日……に」

それを言って秋斗さんの目の前から走って逃げるので精一杯だった。

これ以上口を開いたら、言ってはいけない事を言ってしまいそうで。





ガチャッ!!!バタン!!!

深夜なのに、うっかりドアを勢いよく閉めてしまった。

はぁ、はぁ、はぁ。

汗かいちゃった。お風呂、もう一回だな。



もう、そろそろ

この気持ちを隠し通すのは、

……限界なのかも知れない。

会うのが、辛い。

好きって、こんなに、辛いんだ……。

早くお風呂に入らなきゃ、と思うのに、ドアに寄りかかったまま、動けなかった。

秋斗さんに触れられていた所だけが、じんじんと熱を持って熱かった。



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?