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第31話 幸せと絶望①〜side陽向〜

この前の火曜日、なんと、秋斗さんがケーキビュッフェに誘ってくれた。

 月曜日の夜以外で約束をして会うのは、初めてで。自分でもおかしいくらい浮かれてしまった。

大好きな秋斗さんと大好きなケーキ。

なんのご褒美なのかと、これは夢なんじゃないかと、

なかなか現実のこととは思えなかった。



あの時のケーキがたくさん印刷されているチケットの半券を、ケーキビュッフェ会場を入ってから

「これいる?」と秋斗さんからもらえたんだ。

それを100円ショップで買った透明なフィルムに入れて、テレビ脇のコルクボードに飾っている。

我ながら痛いし、キモいって、わかっているけれど、

それくらい、秋斗さんからもらえたもの、過ごせた時間は俺にとって、かけがえのない時間なんだ。

 そのフィルムに入ったチケットを見るたびに、すごく幸せな気持ちになれる。大事な大事な思い出だ。


秋斗さんとあんな風にゆっくり会話を楽しめる日がくるなんて。

日中、一緒にいられるなんて。

秋斗さんへの気持ちを必死に隠してはいるが、

どうしても彼氏さんへの罪悪感を感じてしまう。

でも、でもその日だけは、その時間だけは秋斗さんの目に自分だけが写っていたのだと思うと、胸の奥がじわぁっと熱くて。

明るいお日様の光の中、秋斗さんを見るたび、嬉しすぎて息が苦しくなったのを思い出す。





『悪い、今週も月曜日予約いっぱいだわ。でも、来週から休みのスタッフが復帰予定だから、毎週会えるようになると思う』

木曜日に来た秋斗さんからのメッセージ。

 気にしないように、秋斗さんを気遣わせてしまわないように、『頑張って下さいっ!また会える日を楽しみにしています! 』と返事は送ったが……



あぁ、残念……今日は秋斗さんに会えない月曜日。

つまらないな。一気に自分の周りの明かりが、薄暗くなったように感じる。

でも、秋斗さんのお店、忙しいんだな。スタッフさん、お休みの中頑張っていたんだ……俺が我慢しないと。






それから4日後。コーヒーの香りが充満する店内。 なのに、お盆の時期のためか、お客さんがすごく少ない。みんな、帰省しているんだろうか?大学も休みだろうし。

こんなのんびりな日にしかできない冷蔵庫の掃除に取り掛かる。長谷川さんもさっきから念入りに窓のサッシを掃除してくれている。

 店長は次のマフィンの試作品を作って、レシピを色々と作り直していた。

 9月中旬頃に新発売する予定のマフィンの試作だ。くりのマフィンと、さつまいものマフィン、早めにハロウィンに向けたカボチャのマフィン……この3種類を去年とはまた一味変えて販売しようとしている。 どれも素材の甘みだけではマフィンとしての魅力が少なく、ペースト状にするのか、クリームにするのか、ごろごろと形のあるものを入れるのか……見た目や、味の微調整をしてここ1週間くらい奮闘していた。 俺は試食ばかり頼まれていて、ちょっと太りそうだ……。

「柳瀬くん、長谷川ちゃん、おねがーい!」

 本日3度目のくりのマフィン……今日はくりマフィンを大筋固めようと店長は朝から意気込んでいた。

 名前は『HARE'sモンブランマフィン』に決まった。 栗の入ったしっとりとしたマフィン生地。注文が入ってから、栗のペーストをマフィンの上に名前の通り、モンブランのようにぐるっとかけて提供する予定だ。 お客さんの希望によって、ノーマルなホイップクリーム、豆乳ホイップクリームも選べるようにしようか? と話がまとまった。 ただ、テイクアウトは出来ないので、テイクアウト用にホイップを用意するかどうかは、また明後日、話し合うことにした。 


 マフィンで散々お腹が膨れたころに、退勤時間となった。

秋斗さんに会えないのになぁ、18時に上がって、何しよう。

 何だか胸がぽっかりしているのと、マフィンでお腹が膨れていることもあり、夕飯を作る気分には到底なれなくて、駅中のお弁当やさんで、何かおかずを買って帰ることにした。





部屋でなんとなくつけていたテレビは、今日一日のニュースを伝えている。

「さて……そろそろ寝よっかなぁ……。」

のんびりお風呂に入り、大して面白くはないテレビをみながらお弁当やさんの惣菜を食べ、寝る前に足のマッサージと、肌のお手入れをして、もう、あとは眠るだけだ。

んんんっ!と伸びをして歯磨きをしに洗面所へと向かった時だった。

 ピコン!

ローテーブルの上のスマホが震えて画面が明るくなる。

「ん?メッセージきた……もう23時だけど、誰かな?珍しい」


歯ブラシを咥えたまま、なんとなーくメッセージをみて、思わず歯ブラシを落としてしまった。

「っわ、あっ、きたなっ、床にっ!」

歯磨き粉で白くなった床を慌ててティッシュで拭いた。

「ちょ、ちょっと待ってよ。え、待って、本当?本当に本人からだよね?え、待って、どうしよ!」


こんな夜遅くに届いたメッセージには

『陽向仕事お疲れ。俺も今終わった。

今日会えなくてごめん。でも、今からでも少し会えない?』



好きな人からのこんな誘い……断るわけないじゃないか!!!

『いきます!!!!いつもの東口で、良いですか?』


そう送るとすぐに既読になる。

うわぁ、秋斗さん、見てる!

『今から駅に向かうから、また電車乗ったら連絡するわ』

わぁ、わぁ、わぁ!!!

秋斗さん!仕事終わりで疲れているのに、わざわざ俺に会ってくれるの?

嬉しすぎる!!……ど、どうしよう、今から、する、のかな?えっち。

用意してから、行ったほうがいいかな、一応。


急いで抱かれるための準備をして、

電車に乗ったの連絡が来る前に家を飛び出した。


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