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第30話 困惑④〜side秋斗〜

手のひらサイズの小さな紙袋をぶら下げて、店舗からふらふらっと出た。

「あっ!秋斗さん!いたいた。あぁ、すみません、俺奥までピアスとか見にいってたら、気がついたら隣の店舗までいっちゃってて!はぐれちゃったらどうしようかと思いました!良かったー!」

「あ、うん。」

そうだ、陽向が勝手にふらふらしなければ、こんなもの、買わなかったのに。

って、いやこいつのせいじゃないだろ、俺。

「あっ!!いいピアス見つけたんですか!?わぁ、いいなぁ!」

俺の手に持っていた紙袋を見つけられた。

「あっ、いや、これは……」

いけ、このまま渡せ。後からじゃ、もっと渡すタイミングなくなんぞ?

いらなかったら自分で返してこいとレシートでも渡そうか……。

「俺は、結局これっていうの、見つからなかったですー。あのピンクゴールドのやつが1番気に入ったんですけどねぇ。ボーナスで買おうかなぁ。それまで売ってるかなぁー」

「あ、あの、……」

こんな時になると言葉が出てこない。いつもは勝手にベラベラ言葉が出てきてしまうのに……。




そのまま俺は、その後、陽向と何を話したかもわからない。あちこち色んな店舗をふらふらとして、陽向はバスグッズを嬉しそうに買っていたのは、覚えている。


ただ左手に握りしめたままの紙袋をどうしようか……そればかり。いっそ、このままどこかに捨ててしまおうか……

こっそり陽向のバックに入れておこうか……

なんで、俺、こんなことしてんだ?

ずっとそればかり考えていた。





花◯駅まで戻って、改札を出る。

駅はすごい人だ。大学終わりの学生や、仕事終わりの人が多いんだろう。その波に逆らって歩くのは俺と陽向くらいだ。

次の電車の発車時刻が17:25だ。それに乗ろうと慌ててこっちへ向かってくる人間と何人もぶつかった。

「っ……あ!痛っ……」

声を聞いて隣を歩いていたはずの陽向を探すと、だいぶ後ろの方で人波に飲み込まれていた。

「っおい、何してんだよ、しっかりしろ!」

困ったような陽向の手を掴み、自分の後ろを歩かせる。

「へへ、すみません。思いっきりカバンぶつけられちゃって……いやぁー、すごい人ですねぇ、ラッシュだー。うちの店、だからこの時間混むんですよねぇー」

人に散々ぶつかられているのに、文句一つ言わずに、本当呑気な奴だ。

陽向の働いているブラインドの降りた『火曜・定休日』とプレートの下がったカフェの前を通りすぎ、東口に出ると、やっと逆流する人波から解放された。


いつもの待ち合わせの柱の辺りに来ると、陽向が突然立ち止まる。

「っあ、あの、……えっと、」

「ん?何……?あぁ、手?掴んでてごめん。陽向すぐはぐれそうになるだろ?」

何かを言いたそうにもじもじとする陽向の手を離す。やべ、手、繋いでたの忘れてた……。


「あ、えっと、手ありがとうございますっ、あの、あのっ!!」

「……え?なに?」

何かを言いたそうにして、顔を真っ赤にする陽向。

は?何だ?意味わかんねー


「あのっ!!きょ、きょ、今日!この後……っ、し、ししし、します、か?」

「…………は?」

何を言われてんのか全くわからない。でも陽向は今にも沸騰して湯気でもでんじゃないかってほど

真っ赤になっている。

「えっと、その、え、ええっえっ、ち、します……か?」

ええええっち……?

は?セックスすんのかって聞いてる?

やべ、そうだった。俺らの関係はセックスのみの関係だったのに、全く、この後セックスするなんて、何も考えてなかった。ただこのふわーっとした時間がこのまま続けばいいのに……と、この紙袋をどうするかで、頭がいっぱいだった。


いや、したい。そりゃしたい。

けど、なんだか、今日は、したく、ない。

何だこれ?

「いや、別に、考えてなかったわ。でも陽向がしたいなら行くか?ラブホ」

陽向が突然泣きそうな顔になり、ぶんぶんっと頭を大きく振る。

「だ、大丈夫ですっ、あの、変なこと聞いちゃって、す、すみません。じゃあ、俺は、あのっ、帰ります!!ケーキ、本当にありがとうございました! すごく、楽しかったし、嬉しかったです!!!  ま、また月曜日の夜、その、秋斗さんが、大丈夫なとき、連絡、下さい。俺、あの、いつでも、待ってます」

喋りながらどんどんと背が縮んでんじゃないかってほど小さくなっていく陽向。


「……っ!?」

気がついたら陽向が俺の腕の中にいた。

「……あ、秋斗さん?」

「あ、ご、ごめん。いや、俺も楽しかったわ。また、連絡する。明日、仕事、出勤早いんだろ?早く、寝ろよ?」

もぞもぞと俺の腕の中で小さく動く陽向。ほんとこいつ、小さい動物みたい。

鼻先に陽向の香りが香ってきて、それを吸い込むと、一気に下半身に熱が集中してくる。

やべ、断ったのに、今すげーしたくなった。

「あ、あの。秋斗さん、人が……」

陽向の白い腕にぐっと胸を押された。

「あ、ごめん。んじゃ、また連絡する」

「はい……」

陽向が背を向ける瞬間、じっと俺の左手にぶら下がっている紙袋を見た。

渡すなら今だ……

「あのさ……」

「じゃあ、帰りますねっ!すごく、すごく楽しかったです!」


楽しかったと言いながら、陽向の笑顔は変に歪んでいた。

今にも泣き出しそうな、辛そうな作り笑顔だ。

なんでだ?

後ろを振り返りもせずに、まっすぐ走っていってしまう。


ケーキの時はあんなにニコニコしていたのに。

何が原因なんだろう?

陽向をあんな不自然な笑顔にしているのは……。

あいつは、ずっと、心から笑っていたら、いいのに……。

……。

俺のせいなのか?

わからない。

陽向、陽向は何を考えてるんだ?

何が、そんなに、お前を苦しめているんだ?



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