「あぁーーー、秋斗さんっ、本当にごちそうさまでしたっ!すんごい美味しかったです!!あぁー、もうあんなにケーキ食べたの生まれて初めてで、幸せですー!」
ホテル近くの駅ビル。そのまま電車に乗って帰る気は何故か全く起きず、自然と吸い込まれるように店の中に入って行った。
特に見たい店なんかないけれど、とりあえずぶらぶらとしてみるか。
陽向はいつも後ろをちょこちょこついてくる。
隣歩けばいいのに。何で後ろなんだ?
ちらっと後ろを振り返ると、軽く浮いているんじゃないかと思うほど、上下にぴょんぴょん跳ねる陽向がニコニコしていた。
そのぴょんぴょん跳ねる身体から細い腕を捕まえると、ぐいっと引き、自分の隣に移動させた。
「えっ………?」
「なんか後ろからついてこられんの、なんかぞわぞわするからやめてくんない?」
陽向のさっきまでの笑顔が固まって、真顔になってしまった。やべ。
「あ、えっと、そうですよね、なんか後ろからじゃ、ストーカーみたいですよね、ご、ごめんなさい」
「いや、別に……謝ることじゃ、ないけど……」
突然、叱られた仔犬みたいにしょぼんと隣を歩く陽向。え?俺のせい?
いや、別に怒ってねーし。本当のこと、言っただけだろ。
意味のわからない沈黙が続く。
欲しいもんもないし、陽向が何が好きかもわからずただ、いくつもある店舗をぶらぶらと覗くだけだ。
あ、あっちにアクセサリーの店がある。ピアス見たいわ。この間は軟骨のしか買わなかったからな。
「あっち、見ていい?」
指を指そうとした瞬間、ぱしっと陽向の手に俺の手がまともに当たってしまった。
「あ、わり……」
え?……謝ろうと見た陽向の頬は、茹でられたみたいに真っ赤に染まっていった。
「あっ、だっ!だいじょぶっ!です!アクセサリー!俺も見たいですっ!い、いきましょ!」
突然AIロボットみたいな喋り方だ。なんだこいつ?歩き方もぎしぎししていて、完全ロボだ。変なの、なんなんだよ、ほんと。
なんか、いちいち、ほんと、見てて飽きねーやつ。
「わっ、これ、すごい綺麗!」
リングのピンクゴールドのピアスを見ながら陽向は目を輝かせている。
「あぁ、でも、8700円かぁ……ピアスにこんな、出せないよなぁ」
ぶつぶつとピアスに話しかける陽向。
それは形がシンプルで、男女問わずつけられることから、カップルなどがお揃いで付けられると人気らしくて、
色も黒、ゴールド、シルバー、ピンクゴールドの4色がある。
そのコーナーの周りには男女がお揃いで付けている耳のポスターがいくつも貼られていた。
確かに……シンプルな作りだが、発色がとても綺麗だし、変にゴツさもないから、どんな服でも違和感なく付けられそうだ。
「んー、なーんか、俺でも買える、お手頃なのないかなぁー」
陽向はぶつぶついいながら店の奥のコーナーを覗きに行った。
陽向に、似合いそう。
……勝手に手が動き、黒のリングピアスと、ピンクゴールドのリングピアスを手に取っていた。
「プレゼント用にお包みできますが、いかがなさいますか?」
左右にじゃらじゃらと、明らかに付けすぎなほどピアスをつけた女の店員が聞いてきて、ふっと我に返る。
え……?
俺、これ、どーするつもり?
2万円近い会計をカードで済ませてから我に返った。
自分では絶対に付けるはずのない、ピンクゴールドのリングピアスが
透明なケースの中で光っている。店員が早くしろ?と言うように俺の顔をじっと伺う。
「あ、こっちは、ぷ、プレゼントで……」
プレゼント?は?な、なに、言ってんだよ、誰が?誰に?
「かしこまりました。メッセージカードもお付けできますが……」
め、メッセージ!? 俺が固まっているのを見かねたのか
「お誕生日でしたら、こちらとか、日頃の感謝…とか、サプライズプレゼントとかでしたら、こちらとか」
『happy birthday!』『for you』『いつもありがとう』『だいすき!』など身体が痒くなってきそうなほど、ハートだらけのカード一覧を見せられる。
「あ、いや、普通に……、あの、なんもなくて、いいです」
「かしこまりました。ラッピングに少しお時間頂きますので、店内をご覧になってお待ち下さい。」
と言うと、女店員は自分用の黒いリングピアスを小さな紙袋に入れて、渡してきた。
それをなぜか隠すようにショルダーバッグの中に突っ込んだ。
いや、本当に待て、俺。
何してんだ?あんなん、陽向に渡してどうすんだ?
しかも、ただの身体だけの関係の奴にピアスなんてもらって、気持ち悪くないか?
困ったように「え、こんなの、もらえないです」
と突き返される映像を頭の中でリアルに想像してしまった。
今なら、返金してもらえるか?するなら、今だ。自分用の黒いピアスだけで、十分だ。
受け取ってもらえないなら約9000円、捨てたようなもんだ。さすがに痛い出費すぎるだろ。
そうだ、早い方がいい、ラッピングが終わる前に……
身体の向きを変えレジへと戻る。前屈みになりながらラッピングをしている女店員に声をかけた。
「あ、あのっ!」
「あ、お客様、お待たせ致しました。丁度ラッピング終わりましたよ。はい、こちら商品でございます」
早く受け取れ、とばかりに持ち手に無駄に高そうな紐が使われた、小さな紙袋を目の前に突き出された。
「あ……、ありがとう、ございます」
今更、やっぱりいらないと言うタイミングがなかった。
どうすんだ、これ。
「ありがとうございました。またお越しくださいませ」
お決まりの挨拶をされ、その場から動くしかなかった。