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第28話 困惑②〜side秋斗〜

次の月曜日も予約が数件すでに入っていた。 木曜日に陽向に今週も無理そう。とメッセージを送ろうとして、ふと気がついた。

 そうだ、陽向も火曜休みだよな?火曜、ケーキビュッフェ行くか?誘ってみるか……。

それで断られたら、ま、それまでだ。チケットも高橋さんに返せばいい。

『月曜日やっぱり無理だ。でも火曜休みだから、火曜の昼頃、この前言ったケーキビュッフェ行くか?』


『お仕事大変なのに誘ってくれて、ありがとうございます!秋斗さんが平気でしたら、是非!ケーキ行きたいです』


あ、行きたいんだ。やっぱりケーキ好きなんだな。

スケジュールアプリの火曜日に「陽向 ケーキビュッフェ」と入力する。

あいつと月曜夜や店以外で会うの、初めてだな……。ま、チケット無駄にならなくて、よかったわ。





月曜日の夜中、仕事で疲れ切ってるはずなのにケーキビュッフェのやっているホテルへの道のりを調べたり、

その近くのぶらぶらできそうな店を検索していたら

結局夜中の3:00になっていた。

やべ。明日10:30に駅待ち合わせだ。早く眠らないと。何してんだ、俺。あほか。




 早く眠りたくて波音のBGMをかけながら目を強制的に瞑った。

だけど、夢の中にまで陽向が出てきて……しかも陽向は小さな蝶々になっていた。なんじゃそりゃ。夢の中は何でもありなのか?

 でも、夢の中のあいつはずっとニコニコ笑ってひらひら飛んでいた。

だから綺麗なガラスのケースにそっと入れて、ずっと蝶々になった陽向を眺めたり、時々指先に止まらせたり、家にあった蜂蜜をやったりした。

 時々ガラスケースから飛び出して、俺の周りを嬉しそうに笑いながら飛ぶ陽向。 

 なぁ、本物の陽向も、そんくらいの笑顔、俺にみせてみろ。そしたら……俺は、

俺は……?

 しかし、蝶々の陽向は俺がシャワーをしている間に、うっかり開けっぱなしにしていた窓から、逃げていってしまっていた。「陽向!?おい、陽向!?」 いくら、いくら探しても、部屋のどこにもいなかった。窓を全開にして外を見渡すが、蝶々が飛んでいる気配は全くなかった。

なんで、なんで、開けてたんだ、俺は。

何してんだ俺……。 空っぽになったガラスケースを手に取った瞬間、目が覚めた。


カーテンから差し込む光から、朝になっているのがわかった。

くそっ、

なんだよ、後味悪い夢だな……。変な汗をかいてベタつく身体が気持ち悪い。 ちらっと見たスマホの時計は、アラームをかけた9時よりも前だったがシャワールームへと向かい、湿った部屋着を洗濯機に放り投げた。






「んんんんーーー!!!おいしーーい!美味しすぎますー!」

大きな平皿に、ぎゅうぎゅうに並べられた色とりどりのケーキ。

大きな窓の外には街並みがジオラマのように小さく並んで見える。日頃はあの小さな街並みの中で生活しているのだと思うと、俺たちだけ、今、別世界に来たかのような気にすらなる。


陽向はその細い身体のどこに入っているのか謎なほど、次から次へとケーキを平らげていく。す、すげぇ。見ているだけで胸焼けしそうだ。

 幸いにもケーキだけではなく、他にもランチ用のおしゃれな料理が沢山ビュッフェスタイルで並んでいて、俺はケーキには手をつけず、ローストビーフやパスタ、ホテル手作りのパンなどを堪能する。

「ん!!!これは甘さ控えめですよっ!秋斗さんも一口どうですかっ?」

差し出されたフォークの先にチョコに包まれたケーキが刺さっている。

「ビターなんとかっていうチョコケーキです!なんか洋酒っぽい味がするし、全然甘くないですよ!」

甘党の『甘くない』は大抵信用ならないが、キラキラした表情でケーキを差し出す陽向をがっかりさせたくないと思った。わりかし大きなケーキの塊を一口で口に入れる。

「ん……うわ、っあっま!」

「えぇっ!?甘かったですか!?ご、ごめんなさい……」

口の中が一気にねっとりと甘ったるくなる。

やっぱり、甘党の『甘くない』ほど信用ならないものはない。

陽向は慌てて立ち上がると、パタパタとどこかへ小走りで行ってしまった。

……高橋さんの言う通り……と思うとなんだか悔しいが、夜に会う陽向とは全然違う。しかも、結構しゃべるんだな、あいつ。夜はやっぱり緊張しててしゃべんなかったのか?


表情もコロコロとよく変わり、どんだけ表情筋が活発なのかと、自分の固まった頬を撫でてみる。

しかも、やっぱりあいつの周りだけ、ふんわりオレンジの光に包まれているみたいに、明るく見える。なんか、発光してんのか?

「ご、ごめんなさいっ、はい、お水とお茶、どうぞっ」

がちゃがちゃっと、並々と入れられたお水とお茶の入ったグラスを目の前に置かれた。

「ん、さんきゅ。いや、マジで結構甘かったけど……陽向の口、麻痺してんじゃね?」

「そ、そうなんですかね?……あっ!でも最近ちゃんとブラックコーヒー飲めるようになったんですよっ!」

「え?カフェで働いてんのに、ブラックで飲めなかったの?」

いいんですっ!香りとかっ、豆の味とかっ、わかるしっ!とふてくされたような顔をしたと思ったら、

はっ!と目を大きく見張り自分のフォークを見つめる陽向。

何してんだ?なんか変なもんでもついてんのか?

みるみる目元が紅く染まっていく。

セックス中の表情みたいだ。今日は初めてみる顔だ。


そっと、音もなく立ち上がると

「こ、これも、条件違反に、なっちゃいますか?」

「……は?なに?」

え?なんで?突然泣きそうな顔してんだよ?

まじで意味がわからねぇ。今さっきまでにっこにこしてただろーが。


「ご、ごめんなさい、わざとじゃ、ないんです。何も考えずに……すみません。ちょっと、フォーク、取ってきますね!」

不安気に俺の顔をちらちらと伺う陽向。な、なんだ?

「え、フォーク、なんかやばかったのか?」

「あっ、いや、だ、大丈夫なら、よ、よかったです……でも、これ、下げてもらって、きます」

そう言うと、わざわざ手に持ったフォークを、近くを歩いていたスタッフに渡して、下げてもらっている。

フォーク、なんか折れそうとかだったのか?なんか、変なもんでも付いてたのか?そんなレアなフォーク引き当てたのか?あいつ。


「ふぅ、焦りましたぁ。よしっ、また食べるぞっ!」

新しいフォークを手に戻ってくると、今度はまだ皿に残った桃の乗ったケーキを見て嬉しそうににこっと笑っている。

陽向の百面相をみながら、俺自身も何個目かわからないフランスパンに、ビーフシチューを浸した。



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