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第26話 関係④ 〜side陽向〜

残りのハンバーガーを食べ終え、包み紙を小さく丸める。

どうしたのかな、なんか、なんか、胸がざわざわする。


彼氏さん、からだったり……するのかな……。

仕事関係の電話なら、俺がいても、出来ると思う……。

だから、友だちか……、彼氏さん、だよな、きっと。


包み紙と、紙袋をベッド脇のゴミ箱に捨てると、勝手に大きなため息が出てしまった。

はぁ……こんなもやもやな気持ちのまま、秋斗さんとエッチしたくないんだけどな。

月曜日の大事な2時間くらい、俺だけを見ていて欲しいのにな。

なんて、ワガママか……。




ガチャッ!

あっ、戻ってきた……ちゃんと、気持ち切り替えないと!


秋斗さんは電話に出る前の怒ったような険しい表情のままだ。

どうしたのか、聞いてもいい、かな?


「わり、陽向。ちょっと今日無理になった。帰ろ」


……え?なに、

何て言った?


突然真っ暗な部屋に閉じ込められたように、目の前が見えなくなった。

え、え、な、なんで……?


「え、えっと?あの……」

「いや、まじごめん、ちょっと急がなきゃだから。陽向また、来週は必ず……いや、来週もわかんねーんだけど……。」


秋斗さんはテーブルの上に置いていた黒いショルダーバッグを肩に掛けてしまう。

本当に、帰っちゃうの?まだ、10分くらいしか、一緒にいられてないよ?


あまりにも頭の中が混乱していて、

冷静な時だったら絶対聞いたりしない事を聞いてしまう。


「だ、誰からだったんですか?……電話」


だって、冷静な時なら

自分が傷つくだけって、わかるから、こんな質問。


「いや、誰でもいーだろ、陽向には関係ないから。 ハンバーガー全部食ったよな?出るぞ。」


「……」

息を吸おうとしたら、ひゅぅっと変な音がした。


泣くな、泣くな。

わかっているじゃないか、泣くな。


必死に目に力を入れる。みっともなく泣いたりして、秋斗さんに迷惑かけないように。




 なかなか立ち上がらない俺に、イライラしたのか、ぐいっと腕を掴まれた。

秋斗さんは引きずられるように歩く俺のことなど、振り返りもせずに大股で歩いていく。


何か秋斗さんが話してくれた気がするのだけれど、全く耳に入ってこなかった。


そのまま腕を引かれ続け、気がついたらいつものコンビニにいた。

やっと腕を離された。

秋斗さんの大きな手の形が、白くひょろっとした俺の腕に薄く赤づいて、少しじんじんする。

 必死に秋斗さんのことを見ないように俯く俺の顔を、少し覗き込まれる。


「なぁ、大丈夫か?何か、ずっと黙ってっけど。……怒ってる?  まぁ、そうだよな。いや、悪かったって。

ちゃんと次、時間作るから、な?……うわ、ちょ、本当時間ないからいくわ。ごめんな」


返事くらい、しなきゃ。

すんごい感じ悪いじゃないか、俺。

ちょっとでも会えただけいいじゃないか。


口を少しでも開いたら、涙が一気に出てしまいそうで、

黙って俯きながら頷くしか出来ない。

秋斗さんのすらりと長い足しか見えない。

その足が俺とは反対方向を向いて、東口へと歩き出してしまう。

行っちゃう、本当に、行っちゃう。俺なんかより、大事な人の所へ?



でも良かった。もう、泣いてもいいかな……。

秋斗さんの目の前で泣かないで、困らせないようにするのが、今の俺に出来る精一杯のことだった。

ぶわぁっと視界が一気にぼやける。だめだ、止まらないかも……。


必死に耐えていた涙が溢れ出る瞬間、

全身を強い力で締め付けられた。


「え……?」

一瞬で身体全体が秋斗さんの香りに包まれた。

え?な、なんで?え?なにこれ。


「ごめんな、陽向。ちゃんと、次に会う時間、作るから。また、夜、連絡する。」


全身を包んでいた香りが、すぅっと離れ、走って遠ざかっていく足音だけが聞こえた。


秋斗さんに、抱きしめられて、た……よね?

俺の勝手な幻想じゃ、なかった、よね?


……こんな時に優しくしないで欲しい。

だって俺、秋斗さんが他の誰かの所へいくの、許せないなんて、思っちゃってる最低な奴なのに……。

その腕で、違う誰かを抱きしめてるかと思うと、叫びたいくらい、辛くて、悲しくて、気が狂いそうになるのに。



ポタ、ポタポタッ

足元のコンクリートに雨粒のような水滴が広がる。

あまりに強く結んだ唇から、鉄の味がする。



『陽向には関係ない』

秋斗さんから投げつけられた言葉が胸に刺さったまま、抜けない。じわじわと全身に拡がっていく。

関係、ないんだな。

ほんと、俺、秋斗さんにとって。

なんも、関係ない、存在なんだな。


セフレにも、普通の友だちにすら、なれない。


どうすれば、どうしたら

秋斗さんに、関係のある人間になれるんだろう。



辛い、辛いよ。

人を好きになるって、こんなに辛いことなの?

秋斗さんに出会う前に戻りたい。

あんな出会い系なんて、しなければ良かった。

秋斗さんに、出会わなければ良かった。

こんな事になるはずじゃ、なかった。

ただ、初体験をしてみたかった、それだけだったのに。



ぬぐってもぬぐっても、顎を伝って涙が地面へと落ちて行ってしまう。


通行人がちらちらと俺を見ている事なんて、わかっている。

だけど、どうしても涙は止まってくれず

子どもみたいに、わぁわぁ泣きながら、どこを歩いているのかいまいちわからないまま、気がついたら家へと帰っていた。




明日が休みで良かった。

今日はもう、思い切り泣いて、眠ろう。

シャワーを浴びる気にもなれず、

真っ暗な部屋のベッドにスマホを抱えながら潜り込む。


あぁ、今頃本当なら、秋斗さんとエッチしてたはずなのにな……。

今、秋斗さんは、誰といるの?どこにいるの?何を、してるの?


眠ろうにも眠れず、今までに秋斗さんからもらったメッセージの数々を見返して、ただただ何時間も暗闇でスマホの灯だけを見ながら、ぼーっとしていた。






何時間経っただろう、流石にウトウトとしかけてきた時だった。


ピコン!


「……ん?」

泣きすぎなのか、腫れぼったい瞼をそろりと開ける。


『陽向、今日は本当ごめん。家帰ったか? 今度ケーキでも食いに行こう』


……!

あぁ、俺ってバカなのかな。

今さっきまで、辛くて辛くて、秋斗さんのこと忘れたいなんて思っていたのに。


こんなメッセージ一つで、やっぱり大好きが溢れてしまう。

ケーキ好きって話、ちゃんと聞いていてくれたんだ。

嬉しい、嬉しい。

秋斗さん、甘いの苦手って言ってたのに……

ケーキ食べに行こうって……!

うわぁ、わぁぁ。

ケーキ食べるってことは!

秋斗さんとエッチ以外で会えるっていう事だよね!?

うわ、うわぁぁぁ、嬉しい、嬉しすぎる!!


感情がジェットコースターみたいになって

心がどこにあるのが正しいのかわからない。


この数時間の内に気持ちが乱高下しすぎて疲れたのか、

それとも、秋斗さんが、俺の事を少しでも考えてくれた事が嬉しいのか……どっと眠気が襲ってきた。


やっぱり無理だ。

こんなに大好きな人のことを

無かったことにするなんて。


大好きな人からのメッセージを抱きしめながら、

目を閉じた。



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