ピロン!
薄目を開けてみたカーテン越しでもすっかり外が明るいのがわかる。
「ん……何時だ?」
スマホの画面を点けると12:00ちょうどだ。
やべ、起きねーと。
「っわ!!」
毎日やり取りをするようになって、すっかり見慣れたコーヒーカップのアイコンが寝ぼけた頭を一気に覚醒させた。
なんて、返事だ?……ふぅ。深呼吸してからそっと通知をタッチする。
うわ、長っ、
『秋斗さんこんにちは!
今メッセージ見ました!
夜にメッセージ下さっていたのに、返信遅くなってしまってすみません。
次と来週の月曜日の件、了解しました!お仕事大変ですね、頑張ってください!!
月末には会えるとよいのですが…。その日ももしお仕事入ってしまった際はまた教えて下さい。
また会える日を楽しみに待っています!
俺はこれから出勤です!
秋斗さんはディナーですか?いつか秋斗さんのお店のご飯食べてみたいなー!!なんて、図々しいですよね…すみません。
では、また、連絡して頂けたら嬉しいです!』
何故、何故、夜に見ていたはずなのに、今見たと嘘をついたんだろうか。嘘つくことじゃ、ないだろ?
まぁ、眠くて、返事できなかったなら、朝起きたら送ればいいのに……。
何故こんな時間なんだろう……。
何だか今すぐ陽向に会って、顔を見て、理由を聞きたくなった。
あいつは、どんな気持ちなんだ?どういう顔でこれを送ったんだ?
こんなメッセージじゃ何もわからない。
陽向が体調を崩して以降、出勤前にHARE Caffe店内をそっと覗いて、あいつの生存確認をするのがルーティンになっているが……。
今日はコーヒーでも、買っていくか。
スマホを枕に放り投げ、洗面所へと向かった。
14時。少し早めに家を出た。コーヒーを買うためだ。
「いらっしゃいませ」
入り口近くのテーブルを拭いていた店員がこちらを振り向いて接客挨拶をする。
何度か見たことのある店員だ。名前なんて興味ないから覚えられないけど。
にこっと会釈されたが見なかったことにしてレジへとすすむ。
今日の目当てはアイスコーヒーだけだ。
レジには、以前、陽向が体調が悪いと言っていた時に、スポドリなどを預けた女だ。
「あら、いらっしゃいませ。陽向くん、呼んできましょうか?今、商品のラッピングしていますよ?」
「っえ?な、なんで……?」
何故、陽向の名前を言われたのか分からず、その女の顔を見る。こいつ、何だ?
「お客様、以前、陽向くんが具合悪い時に、差し入れされていたお友だちさんですよね? 今日は陽向くんに会いにいらっしゃったのかなーと思ったのですが……私の勘違いでしたら、大変失礼致しました。」
「あ、いや、……えっと、ひ、陽向……」
その女はふふっと気味の悪い笑い方をすると、頭を下げてから、レジから離れると、まぁまぁ店内に響くくらいの声で
「ひなちゃーん!お友だちきてるよー!レジバトンタッチー!」
と馴れ馴れしく陽向を呼んだ。
や、やば。えっと、待てよ。今、陽向と会って、俺どーすんだ?
あれ、なんで俺、ここに来たんだっけ?
頭の中がぐるぐるぐるぐる攪拌されたようになる。
「え……友だち?誰だろ……」
やば、陽向がペーパータオルで手を拭きながら、こっちへ向かってきてしまう。
一旦当たりを見渡して、どこか隠れられる場所がないか探したが、もちろん、なかった。その前に隠れて、どーすんだ。
「……っ!!!あ、秋斗、さん。な、なん、で?」
「あ、いや、あの店員が、陽向呼んでくるっ、て。言って」
昼過ぎのほぼお客さんのいない時間で良かった。
アイスコーヒー1つでこんな時間をかけていたら、ピーク時だったら出禁になっていたかもしれない。
日頃会うのは夜のみだから、昼に会うとまた、雰囲気が違ってみえる。昼間に会うのはそうだ、初めてセックスした、あの月曜日以来だ。
その時はここで陽向が働いているなんて思いもしなかったから、驚いた。
陽向が動くたびに、ほわっと陽向のまわりだけ、明るく見える。ひなた、って名前なだけあるわ。
目の前に来た陽向は、目が真っ赤で、疲れたような顔をしていた。なんだ?そんな仕事ハードなのか?
一瞬目が合うとキャップを目深に被り直し、俺に顔を見せるつもりは無いらしい。
ま、あんな身体の関係なの周りにバレたくないだろうからな。
「ご、ご注文……は?いかがなさい、ますか?」
「あぁ、アイスコーヒーひとつで」
淡々と接客用語を話される。
シャリーン。電子音がなる。
レシートを受け取る際、震えている陽向の指先に気がついた。
そんなに、緊張してんのか?なら、接客向いてないんじゃないか?
いや、もしかして、俺に、だけ?
俺が勝手に、月曜日でも無いのに、会いにきたのが、嫌だった?
ぐるぐるとまた脳みそが勝手に動き続けているうちに、
いつまでも受け取ってもらえないレシートを持った、陽向の右手の中指と人差し指をパシッと掴んでいた。
そのまま、また勝手に言葉が口から出てきてしまう。
「月曜、2週も仕事で……昨日もメッセージしたけど、さ」
陽向の手からレシートがひらひらと舞い、俺の足元に落ちる。
「あ、レシートっ、あっ、……て、手……、お、お仕事、大変ですね、が、がんばって、下さい。……あの、えっと、俺のことは、えっと、」
「ま、また連絡するわ。」
そろりとキャップから俺の方をみる陽向と目が合った。
赤く充血している、そのまんまるのガラス玉みたいな瞳は水の膜に覆われていて、今にもその水の膜はぽろりとこぼれ落ちそうだ。
な、泣いてんの、か?
その水の膜を拭おうと手を伸ばそうとした時
「えっと、こ、こちら、アイスコーヒー、ですっ、ありがとうございましたっ」
これで終わりというように、アイスコーヒーを目の前に差し出された。
「陽向?怒ってる?……月曜、ごめんな?」
なんでそんなことを聞いたのかも全然わからない。
なんせ、最近の俺はおかしいから。
ぶんぶんぶんぶんっ!と首がもげそうなほど頭を左右に振る陽向に、何故かホッとして、その頭にキャップ越しにぽんっと触れた。
「ん、じゃ、また、連絡するな。仕事頑張れよ…。」
「は、はい……秋斗さんも、頑張って、下さい……」
陽向の返事を背中で聞いて、陽向の頭に触れた左手を眺める。
別に、火傷してない、よな。
一瞬、びりびりって、電気が走ったように、熱く、痺れて
痛かった。
……静電気、か?
アイスコーヒーをズッと一口啜り、
HARE caffeから、出て改札へと向かった。
陽向に触れた左手は、その後しばらく熱かった。