高橋さんはオーナー白石シェフの右腕。
白石さんが他店舗に行っている時は、高橋さんが店の料理を一任されている。人間としても尊敬できる、とりあえずすごい人。
オーナーも、高橋さんもすごい人間すぎて、自分の何も出来なささが浮き彫りになる。
高橋さんは、20代の後半……詳しくはよくわからない。
若いけれど、必死に白石さんの元で働きたくて高校卒業と共にこの店に入ったらしい。
最初は皿洗いしかさせてもらえなくて、毎日べそかいてたわー!
と嘘なんだか本当なんだかわからない武勇伝を酔っ払うとよくしている。
「なんでしょう?何かありました?」
「あー、秋斗さぁ、今月後半のシフトなんだけどさー。月曜日毎週ランチ希望出てんじゃん?これさ、ディナー出てもらえないかなー?なんか、予定ある系?」
ひらひらっと仮のシフト表を差し出してくる。
陽向と月曜日の夜に会うようになってから、シフト希望表には、月曜日は9時から16時or10時から17時勤務のランチタイム希望にしていた。
ディナー担当だと基本15時半から22時半。
休憩なんてお客様がいる間はできないからと、ランチにしろ、ディナーにしろ、基本ぶっ通し7時間勤務だ。まぁ、その分なのか、そこそこ良い給料をもらえているし、休憩なしなんて、人気の飲食店あるあるだろうし、慣れたらなんともない。
でも、ディナータイムなら、陽向に会うには23時過ぎるだろうから、無理だ。
月曜日以外には希望休もシフト希望もいれていないのに、なんでだ?唯一の希望くらい、通してくれたっていいんじゃね?
「え、どうかしたんですか、予定はあるっちゃあるし、無いっちゃ、無いんですけど……」
「ははっ、なんだそりゃ。まぁ、秋斗らしいけど。 実はさー、ディナー毎日入ってくれてた賢太がさ、昨日階段からド派手に落ちたらしくてさ、すねの骨ビキってヒビ入ったらしくてよ?ほら。」
高橋さんが自分のスマホの画像を、ずいっと近づけてくる。
そこには病院らしい白いベッドの上でギプスで固定された足を吊るされている賢太の写真。全治3ヶ月……リハビリしつつなんとか歩けるようになるのが1ヶ月、立ち仕事は2ヶ月は休んだ方がいいと言われてしまったそうだ。
「ってなわけでさ、ランチタイムははなんとか、ランチ固定のお母さん達メンバーで周りそうなんだけど、やっぱりディナーが厳しいんだわ。だから、賢太復帰まで、なるべくディナー中心にお願いしたくてさ」
「そ、そうですか……わ、わかりました。えっと、でも、予約みて、大丈夫そうな、時なら、月曜ランチでも、いいですか?」
何だか、手が勝手に汗ばんできて、落とさないようにそっとワイングラスをグラスホルダーに掛ける。
「おぉ?粘るね、秋斗ちゃん、んー?何?なになにっ!?彼女でも出来ちゃった系?そういや、最近事務所でスマホじっくり眺めてんもんな? いやぁー、秋斗も春がきたかぁ?大学生ん時なんか、彼女?はぁ?そんなん無理です。邪魔なだけです。とか下ネタにも一切乗ってこなかったのによぉーー!!なんだよ、紹介しろよー!おいー!!」
バンバンバンッと背中を強く叩かれる。い、いてぇ。
「違いますって!彼女なんかじゃないです。ただ、知り合いと、会う約束してたって、だけで!」
「はぁ?彼女でもないのに、毎週月曜日に会う約束ぅ?そらデートだろーが!」
見当違いなことを言われてなんだか必死に陽向のことを説明しようとしてしまい、慌てて口をつぐんだ。
ニヤニヤと顔を近づけてくる高橋さんの肩を思い切り押しやる。いや、伊達にシェフやってない。結構な力で押したが、腕力がすごくて、なかなか動きやしない。
「ま、彼女さんには悪いけどよ、今度と、来週の月曜日はすでにほぼ満席予約だから、ごめん。休みの火曜日にゆっくりデートしてくれ。」
「だ、だから!彼女なんかじゃない、ただの……」
ただの……?
ただの、何だ?ただの、知り合い?知り合いってわけでも無い。会ってセックスするだけだから、前、陽向が言ってたように、セフレになんのか?
セフレ?セ、フレ……?なんだか、しっくりこない。
かといって、他に俺たちの関係に合う名前なんて、あんのか?
「ま、ごめんけど、よろしくな。このお礼に、賢太戻って来るまでに、今度ジムと飯ご馳走するわ!」
「ん、はい……わかりました。ジムと、飯、絶対ですよ?覚えておきますんで。」
「ひぇー、こわこわっ、さぁって、俺は明日の仕込み仕上げてから帰るから、秋斗もキリの良いとこで上がれよー?」
手をひらひらとさせて、厨房に逃げるように去っていく高橋さん。
もうすでに22時20分だ。これから仕込み仕上げって、この人一体、いつ帰ってんだろ?……ディナータイムもぶっ通しで、相当疲労があるはずなのに、仕込みで遅くなっても、嫌々やってる所なんて見たことがない。なんなら、楽しそうに仕込みをしている。
料理人の料理への熱ってすげーよ、ほんと。俺にもあんだけ熱量もてるもんできれば、人生もっと楽しかったのかも、な。
……月曜日のこと
陽向に、なんて言おう……。
なんて?いやいや、普通に仕事で無理になったで、いいだろ?
別に、陽向がどう思おうが、俺には関係、ない。
俺と会ってない間に、他の奴、探すかもしれないしな。
ドサッ
家のベッドに寝転がりスマホのメッセージアプリを開く。
賄いでもらった、トマトパスタも食べ終え、シャワーも浴びた。
帰ったらすぐに陽向に月曜日の件送ろうとしたが、やっぱり気持ちが落ち着いてからが良いと何故だか思い、こんな時間になってしまった。もうすぐ日付が変わる。
陽向、さすがに寝てるかな。
起きて1番にこのメッセージはダメか?いや、わかんね。
3週間も会えないとわかったら、他の相手探すかもしんねぇし、早く言ってやった方がいいか。
何故、「今週、来週会えない」と送るだけでこんなにいちいち面倒くさいのか、意味がわからない。
またイライラし始める。
本当なんなんだよ、あいつに関わると、すんげーイライラもやもやすんだよな?
身体の相性はいいにしても、俺とあいつ、合わないのかもな。 ま、性格も素で良さそうだし、俺みたいに世の中つまんねぇ、なんて考えはないんだろうな。
あいつは周りからチヤホヤされてぬくぬく育ったような奴だ。 結局、生きている世界が違うんだ。
はぁ……。もう、めんどくせ。どーにでもなれよ。
メッセージアプリに何も考えずに事実だけを打ち込む。
『お疲れ。今度の月曜と来週の月曜、仕事入った。次に会えんのは7月末の月曜日。そこも仕事入るかもしんないけど』
ふん、もう、知らね。勢いに任せて送信した。
もう、このまま会えないで終わるかもな。
ま、別にいーだろ、また、次の奴、見つければいいんだ。俺も、あいつも。
ぼんやり見つめていたトーク画面に『既読』がついた。
どくどくどくどく。
心臓がうるさい。
おい、早く返事してこい。『わかりました、別の人探します』って。そう言われたらスッキリするわ。
おい、早くしろ。
疲れているのに何故だか眠くならない。
ゲームをしながら寝落ちを狙ったが、陽向の顔がいちいちチラつくせいで、集中できず、ボロ負けした。
くそ、くそ、何なんだよ。まじで。俺、本当どうしたんだよ。
何してんだよ、俺。
返信のないトークルームを再び開く。何度目だろう。
画面上の時計をみると3:46だ。やべぇ、もう朝がくる。
明日……いや。もう今日だ。今日もディナー出勤だが、さすがにもう眠らなきゃだめだ。
寝不足じゃ仕事中、確実にミスる。
目を瞑っても次から次へと頭の中に流れてくる陽向の映像。
うぜぇ、うぜぇ、眠らせろ。
DVDみたいに、電源切ったら消えればいいのに。
結局、陽向は夢にまででてきやがったから、俺が満足するまで、何度も何度も抱いてやった。
夢の陽向は俺の腕の中で、朝まで眠っていた……。