漫画ならさ、恋人が看病してくれるんだよなぁ……。いいなぁ、恋人かぁ。いいなぁ。
そんなことをぼんやりと考えていたら、また深い眠りについていた。
ピリリリリリ、ピリリリリリ、ピリリリリリ……
ん?何? 電話?
もぞもぞと、布団から身体を起こし、音の正体を手探りで探す。
枕の下からスマホを探り当てた瞬間、音が止まってしまった。
「誰だろ?電話なんて……」
日頃、めったに電話なんてかかってこない。店のスタッフとのやり取りも基本メッセージだ。
友だちだってほとんどいないし。
あぁ、母さんかも……また、何か送ろうかー?か、送っといたよーの連絡かな?
つけっぱなしにしてしまっていたテレビの時刻を見て、頭がフリーズした。
え!?15:28!?!?ええっ!?嘘!?俺、どんだけ、寝てた!?
朝の天気予報はすっかり変わり、ちょっと前に母さんが夢中になっていたドラマの再放送が流れていた。
やば、もう、1日終わっちゃうじゃん!
一気に目が覚めて、スマホのロックを解除する。
いくつも来ていた通知を開く。
ニュースなどの通知の中、
昨日初めて登録されたアイコンが目に飛び込んできた。
秋斗さん……!しかも一件じゃない!
え!?どうしたんだろ?
7:30 『おはよう、体調どんな?』
9:12『まだ寝てんのか?』
10:46『起きたら一言連絡入れて。でかけてくる』
12:25『なぁ、まじで体調悪かったりする?』
13:01『起きてたら既読だけでもして。体調悪いなら何か届けようか。家知らないけど』
13:40『ちょっと、さすがにまじで心配なんだけど』
14:37『陽向?メッセージウザかったら言って。ただ昨日無理させたから心配してる』
15:00『着信』
15:27『着信』
うわ、うわっ、ど、どうしよう、ずっと連絡くれてたんだ!俺、爆睡しすぎだろ!!やばい、心配かけてしまってる!
ピコン!
うわっ!
突然スマホが鳴り、驚いて落としてしまいそうになった。
あ、秋斗さんだ……
『良かった。既読ついて、安心した。死んでんのかと思った』
わぁわぁわぁーー、俺最悪!!こんなに心配かけてしまって!呆れられてしまうかも!
『心配かけてしまって、すみません。休みだったので爆睡していました。体調は、もうすっかり大丈夫です!』
早く安心して欲しくて、急いで返信を打った。
ふう。
頭の痛みはほとんどなくなっていた。
身体はまだ少しだるいし、お尻のひりひりした感じはまだある。
でも、だいぶ動けそう。体温計を脇に挟んだまま、昨日秋斗さんが買ってくれたカフェオレと、おにぎりを冷蔵庫から取り出した。
ピピピピピッ
37.0℃ 良かった、下がってきてる。
明日は出勤できそうだ。
ピコン
『もうすっかり、、ってことは、体調やっぱ悪かったんだ。ごめん、無理させた』
え?俺、慌てて送ったから……。バカだ。心配させるようなこと言って。
いやいや、秋斗さんのせいじゃないです。どうしよう、これで、来週止めようってなってしまったら……
『秋斗さんのせいではないです!俺、ちょっと寝不足だったから、寝過ぎちゃってただけです! 元気で、今、頂いたおにぎりもりもり食べてます!』
ピコン
『ならよかった。明日仕事?無理すんなよ』
わぁーーー、俺、俺、秋斗さんと、こんなメッセージやり取りしちゃってる。
幸せすぎる!もう、スクショして永久保存しておこ。
うざがられないように、有名なキャラクターのスタンプで返事をした。
他に、何か、秋斗さんのこと、教えてくれないかな?
誕生日、身長、足のサイズ、血液型、好きな食べ物、苦手な食べ物、好きな……人の、タイプ……。
ベッドでごろごろしながら
秋斗さんからのメッセージを待っていたけれど
その日はそれ以上メッセージは来なかった。
もう19時だ。シャワー浴びてこよう
彼氏さんと会ってるのかな……休みって、言ってたもんな。
邪魔、しない。邪魔しちゃ、いけない。
俺は、友だちでも、恋人でも、セフレでもない、なんの名前もない存在なんだから……。
心臓を思い切り握られたかのように、ぎゅっっと痛い。
息も苦しくて、勝手に視界がぼやける。
好きなんだけど、秋斗さんのことを考えれば考えるほど、
苦しいな……。
勝手に好きになっちゃったんだから、仕方、ないよね。
「おはようございまーす!」
「柳瀬くん、おはよー!」
12:15 HAREcaffeのキッチンにいるスタッフ達に挨拶をする。お昼時で、店長の二宮さんを始め、正社員の1人の長谷川さん、吉野さんがせわしなく動く中、笑顔で挨拶をしてくれる。 本当、ここのスタッフは良い人たちばかりだ。
今朝は熱もすっかり下がり、シフト通り出勤した。
バックヤードでエプロンを結び、キャップを被り、名札をつける。 鏡で顔をチェックしてから、キッチンに入った。
まずは山のように下げられたトレーや、お皿を洗おう。
3人の動きを確認しながら、邪魔にならないように自分の仕事を探す。
14:00やっと客足が落ち着いた。水曜日なのに、食事をしていく人が多く、用意していた分のベーグル、サンドウィッチ、マフィンが売り切れになってしまった。
「んー、来週はもう少し仕込み量増やそうかー?でもなぁ、今日たまたまだったらなぁー、ロスになっちゃうし……難しいとこだよねぇ。」
二宮さんがチャンバーに頭を突っ込んで、在庫を確認しながらつぶやく。
「そうですよねー、それじゃ、夕方の大学生ピークまでにとりあえず1週間の客単価で、前週比、月別比だしてみますねー」
「まじ!?ありがと!長谷川ちゃん!!」
さすが長谷川さんだ。店長と同い年の24歳の正社員で、頭の回転も良いし、仕事も早い。将来は自分のカフェを海辺に建てるのが夢なんだそうだ。社長をリスペクトしているらしい。
弟が2人いるらしく、俺の事も弟のように可愛がってくれている。
俺は二宮店長、長谷川さんの24歳コンビをこっそり目標にしている。 本人達には内緒だけど。
「あっ!!!そうだ!ひなちゃん!!もしかして具合悪い!?」
「えっ!?……な、なんで、っすか?」
長谷川さんの突然の質問に驚いた。昨日具合悪かった事、誰にも言っていなかったし、今日はいつも通りなはずだ。
「あのさー、オープン作業してたらね、んー、9時ちょいすぎだったかな、私来てすぐだったもんな。 めっちゃかっこいいんだけど、クールが売りでーす!みたいな、背の高いイケメンが店の入り口のとこに立っててさぁ。
ごめんなさーい、10時オープンなんですーって伝えたら
『あ、いや、陽向くんに、これ渡してもらえますか?』
ってこれこれ……はい!」
長谷川さんがバックヤードから持ってきた、コンビニの袋を俺に渡してきた。
「え?こ、これ?」
袋の中を覗くと、スポーツドリンクと、栄養ドリンク、冷感シートが入っていた。